毎年十二月の第一日曜日の昼に、学校の大講堂にて同窓生向けのクリスマス礼拝が行われる。在校生のためのクリスマス礼拝は、第二週の平日に別に予定されているのだけれど、この同窓生のクリスマス礼拝に、今年わざわざアンジュとシエルが出向いたのは、今回、礼拝後のバザーにエクレールが出品するので、彼女を手伝って売り子をするためだった。
 エクレールとアンジュが学校に着くと、既に先に着いたシエルが校門前で待っていて、二人に向かって手を振った。エクレールはシエルに、売り子役を引き受けてくれた礼を言うと、急いで先に校門をくぐって行ってしまった。彼女はバザーの準備で忙しく、礼拝に参加する暇はない。
 久しぶりに見る私服のシエルは、やはりとても素敵だった。クリスマス礼拝に合わせて、クラシカルな格好をしている。ワンピースのように裾が膨らんだパステルブルーのコート。大きな襟に、大きな丸ボタン。リボン仕立てのファーがあしらわれた黒のショートブーツ。そこに、普段通り、アンジュがあげたコバルトブルーのマフラーと手袋をしている。色は合っていても、アンジュの目にはマフラーと手袋だけがちぐはぐに映った。
 シエルの手袋やマフラー、オルガン課バッグや弁当袋は、どれもアンジュの手作りだった。お菓子作りとともに、裁縫も趣味なエクレールの影響で、アンジュも裁縫が好きだった。
 身に付ける物を作って、おしゃれなシエルに贈るのは、押し付けがましいことだったかもしれない。今日のシエルのファッションを見て、アンジュは初めてそう思った。
「ねえ、手袋とマフラー、もっとおしゃれなのを持っているなら、それを着けてくれば良かったのに。」
 アンジュが、遠慮がちに言うと、シエルはきょとんとしている。
「今日の格好に、これが一番似合ったんだ。」
 校門をくぐって、校舎までのイチョウの並木道を歩きながら、シエルは不思議そうだ。
「君に、ファッションでダメ出しされるなんて。いつも褒めてくれるのに。そんなに似合ってないかな。」
「そうじゃないけど……。」
 歩きながら、シエルはかがんでアンジュの顔を覗き込む。
「僕、身に付けたくなければ、貰った物だろうと使わないよ。好きでこれを着けているんだ。」
 言いながら、シエルは手袋をはめた両手をこすり合わせたり、指を組んだり、また開いてみたりする。
「それにアンジュは僕に合わせて作ってくれているから、市販より使い勝手もいい。」
 やっぱりオーダーメイドは違うよ。笑うシエルを見ているうちに、ちぐはぐに見えていたマフラーと手袋が、今度はみるみるぴったりに見えてくる。アンジュは内心反省する。自分の作品に、もっと自信を持つべきかしら。
 校舎に入って、大講堂に向かう。傍にクリスマスツリーが立つ講堂の扉をくぐると、既に講堂内の長椅子には沢山の同窓生が座って、パイプオルガンの前奏が流れる中、黙祷して礼拝が始まるのを待っていた。牧師が椅子に座って待機している舞台には、アドベントキャンドルやポインセチア、クリスマスリースが飾られていて、講堂の天井からは、大きな金色の、ダビデの星のオブジェが吊るされている。シエルとアンジュは、講堂の一番端の席に座った。
 賛美歌――『牧人、羊を』――の斉唱が始まると、アンジュは思わずシエルの方を向いた。話す時には微かに掠れているシエルの声が、歌うとピタリと透明になる。そういえば、鼻歌とは違う彼女の歌声を聴くのは初めてだと、アンジュはその時気が付いた。礼拝でも音楽の授業でも席は離れていたし、音楽授業時の合唱などでしばしばソロパートを担当するアンジュとは違って、シエルはむしろ伴奏や指揮を任させることが多く、そもそも歌う機会があまり無かった。
 アンジュの視線に気がつくと、シエルは歌いながら怪訝そうに彼女を見返した。アンジュも歌いながら、シエルの持つ賛美歌コピー譜のアルトパートをそっと指し示した。シエルは心得て、滑らかにアルトパートに移動した。
 生まれたハーモニーが思い描いた通りの色だったので、アンジュは恍惚となった。シエルが微笑んでいる。そうよ、クワイアを辞めさせられたって、自分たちでクワイアを発足してしまえばいいんだわ。アンジュは、自らの思い付きに目を煌めかせた。メンバーは、私とシエル。規律も制限もなんにも無し。年中クリスマスの賛美歌を歌っていたってかまわない!
 アンジュの表情だけで、もう彼女が何を考えているのか手に取るように分かってしまって、シエルは思わず大きく笑い声を漏らしかけて慌てて口に手を当てた。