15パラレルワールド
生物統制学の初回授業。
生徒はジョニー、ダレックら四年生。
教師は新任のホプキンス。
昼前。雑木林の中。秋口、まだ紅葉が始まる前の青々茂る林。柔らかく透き通った日差し。緩やかだけれど涼しい風。
「生物統制とは」
ホプキンスが喋りだす。
「私たち人間が、あらゆる生物、生態系をコントロールし、現在の環境を保存することが最終目的だけど、実際には今はまだ学問のみで、実行に移されてない。まだ実行に移すほど、今の生態系が危機的状況じゃないって判断されてるからだね。
そもそもこの発想…生物統制…これが生まれたことについて、皆どう思うかい」
生徒の一人が発言する。
「人間の驕り?」
ホプキンスが頷く。
「それは確かにそうだね。
でも、驕りだけではどうにもならない。
統制できると人間が思うほどに、この世界の生態系はシンプルで小さいと僕は思うんだ」
ホプキンスが白樺の幹に片手を添える。樹皮には、細かく白い星形模様が並んでいる。
「この白星模様だけど、いびつな形は一つもない。当たり前だけど、この白樺の樹が特別なんじゃなくて、どの白樺の幹にも、いびつな星型は存在しない。
自然環境は、一定ではない。瞬間瞬間で、微妙に違う。日光量、気温、湿度、それに伴う微生物量、その働き…。
それならば、一本の白樺につき2つや3つくらい、いびつな星型があったって、むしろあるほうが自然だと思わないかい」
生徒達は黙ったまま。
「これはあくまで僕の個人的な印象だけど、この世の生態系は多様性に欠ける…歪なものの先に多様化があるんだ…」
その後そのテーマはさらりと過ぎ去った。
生徒達が、生まれて初めて聞かされた価値観に戸惑いを覚える前に、ホプキンスは話を統制学そのものに移した。
誰もが授業終わりには、授業頭に聞かされたホプキンスのおかしな疑問を忘れてた。ジョニーとダレック以外の誰もが。
授業後、教師含め、生徒達の大半が、ランチを食べに雑木林から校舎へ戻ってく。数人は、林に残って、それぞれ散らばってのんびりと散歩を楽しむ。
ジョニーとダレックも、二人でたらたら林をほっつきながら話す。
ジョニー「この世しか知らないであんなセリフ、出てくるかな。比べる対象がなかったら、多様性に欠けるだの、そんなこと思ったりするか?
絶対パラレルワールドをみたことがあるね、奴」
ダレック「…君も見たことあるんじゃないのか」
ジョニー「え!まさか。ほんの15になったばっかの僕なのに、一体どんなコネでそんなスンバラシイ世界への切符を、」
ダレックは苛々して食って掛かる。
「おいジョニー、お前真面目に話せよ、」
「どうどう」戯けてみせるジョニー。かと思えば、次の瞬間には心から真摯な面持ちで言う。
「悪いけど嘘はついてない。盟友に嘘をつくような卑怯者じゃないよ」
ダレック 「…よくわからないが、一つだけ分かるのは、君の嘘は見破りにくいってことだ」
ムッとするジョニー。「やあ君!盟友は嘘をつかないのも大事だけど、それもこれもまずお互いの信頼があってこそ成り立つんであって、」
ダレック「ドリーに、思いつく限りのちょっかいかけてた奴がよく言うよ」
ジョニー「…ちぇっ、お前に言われたくないや」
ダレック「そうさ、僕の言えることじゃない。
だけど、たまには証拠も必要だろ。僕らは、精神やら目に見えないものやらだけで生きてるんじゃないんだ。
さあジョニー、なんで君はかの地についてそんなに詳しい?証拠を!」
ジョニー「…君だって相当詳しいくせに、」
ダレック「悪いけど、どう考えても僕の知識は悪童レベルだし、君の知識はそのレベルを超えてる」
ジョニー「……。分かったよ」
周りには誰もいないのに、わざわざジョニーはダレックに耳打ちする。
「禁書さ。住んでた町の教会の屋根裏に禁書が沢山あった。ゴミと一緒くたに放りっぱなしで。あの頃は知らないで読んでたけど、あれはとんでもないよ、ここの禁書棚なんか全然大したことないね。パラレルワールドのことは、それで少し詳しいんだ」
ダレック「なんで教会に禁書が…いや、あるものなんだろうけど、でもそんな、誰でも入れるところに…」
ジョニー「誰でも入れるわけじゃない。僕だから入れたんだ」
ダレック「ったく、この野郎、そういうことが言いたいんじゃない、」
ジョニー「分かってるさ。禁書の山は、牧師の持ち物じゃなかった」
ダレック「じゃあ、誰の?」
ジョニー「…さあ。僕が知るか。誰かが持ち込んだんだ。
そういうわけで、僕は行ったことがない。だからこそ行ってみたいんじゃないか」
ダレック「ふむ」
ジョニー「行こう」
ダレック「…え、」
ジョニー「行こう、みんなで。僕ら四人で!」
ダレック「どうやって?」
「行ったことあるやつに案内させるに決まってるだろ」ジョニーはひざまずき目を閉じて、組んだ手を天に掲げた。「御旨のとおり、我遂に鍵なる案内人に出会いたり」
ダレックは笑って、ひざまずくジョニーの前に立ち、天を仰ぐ彼の額に片手を添えて、低い声を出す。
「御旨通りだと。単なるそなたの願望を御旨などと、この思い上がった悪戯小僧め」
ダレックは親友の頭を押した。ジョニーは後ろにひっくり返って尻餅をついた。
「汚いぞ、人が無防備なときに!」
ジョニーは叫んで、すぐさま立ち上がると、逃げるダレックを追いかける。二人じゃれ合いながら校舎へと帰る。
その晩、寮部屋にて。
ジョニーとダレックに、パラレルワールド行きに誘われて呆気にとられるウィルとドリー。
ジョニー「今のところ計画は、
クリスマスプレゼントで、ダレックの父親に人数分のベルボトム風ジーンズを頼む」
ダレック「任せとけ」
ジョニー「それを履いていけば、不法侵入だってバレない。本当は、我らがビートルズのライブが見たかったが、」
ダレック「ツアー予定があるかどうか」
ジョニー「なければ、ドライブインシアターで映画を見ようよ」
ダレック 「おい、車は誰が運転するんだ」
ウィル「1番大事なところが抜けてない?」
ドリー「そもそもどうやって行くのさ!」
ジョニー「だからホプキンスに案内させるってさっきから何回も、」
ドリー「ど・う・や・っ・てって言ってるんだ」
ダレック「ちょろいさ。奴、新任だし」
ウィル「そうじゃなくて!まさか、車や電車や…飛行機で行けるわけじゃないだろうし…君ら分かってるの?パラレルワールドが何だか、」
ジョニー「じゃあ君は行きたくないのか」
ウィル「行きたいとか行きたくないとか、そういう問題じゃ、」
ジョニー「そういう問題さ。僕らが行けると言ってるんだから、君らは行きたければ行ける」
ウィルとドリーは顔を見合わせ肩をすくめた。