16子供部屋
カソル兄弟の子供部屋。
ベッドが2つ。大きな南向きの窓がひとつあって、2つのベッドは、その窓に足を向ける形で、北側の壁にベッドボードを寄せてセットされてる。
月明かりのきれいな夜。窓には、細かい若葉模様のカーテンがかかってて、月明かりに透けて、真っ暗な部屋に若葉模様がぼんやり浮かび上がってる。
ウィルがふと目を覚ます。
彼は兄のベッドをみやる。兄はよく眠っている。
彼は次に窓をみる。閉め切ったカーテンが揺れてる。夏と呼ぶには早いこの時期、夜は窓を閉め切ってるから、風は部屋に流れない。ウィルは上半身を起こして、窓辺をみつめる。
カーテンの裾から、小さな白い影が出てきて、部屋の床に着地した。ソレは、ウィルのベッドまでくると、そこに飛び乗って、彼の枕に身を丸めてうずくまり、彼の腰に身をすりつける。
ニャアー…
ウィルは微笑んで、その猫をなでてやった。
「そうして甘やかしてると、いつか痛い目みるよっていつも言ってやってるのに」
ジョニーの声じゃない。彼は相変わらずぐっすり眠っている。
いつのまにかウィルの足元に、彼と年の変わらない少年があぐらをかいてて、忠告したのは彼だった。
「あれ君、久しぶりだね。てっきり消えちゃったと思ってた」
ウィルはそう言って彼にも微笑みかける。
言われた少年は、元々きつい顔立ちの、その目を更につりあげてわめいた。
「消えるもんか、消えるもんか!僕は死なないぞ、誰がなんと言ったって僕は…ちぇっ、お前こそどっか行っちゃえ!」
少年はベッドの上に立ち上がると、勢いよくウィルの足を蹴飛ばした。
ベッドが大きく揺れて、焦った猫は一鳴きすると、電光石火、ベッドを飛び降り部屋の隅に走り込んだ。猫の走り込んだ先には、やはりいつの間に現れたのか、随分幼い女の子がうずくまってて、猫はその子の腕の中に身を落ち着けた。
猫を抱えた女の子は、ウィルと少年の様子を、部屋の隅から不安げにうかがう。
短気な少年は、女の子と猫に向かって鼻を鳴らすと、ぶつぶつ言いながらまた腰を下ろした。
呆れながらも謝るウィル。
「悪かったよ、冗談さ。君が消えたなんて思うわけないだろ」
少年はウィルに向かっても鼻を鳴らす。
「ふん、どうだか。大体、君は僕がどれだけ凄いか分かってないからそんな冗談が言えるんだ」
笑うウィル。
少年「笑うな!」
ウィル「OK、OK。君の短気、それ、どうにかならない?」
少年「君が僕を怒らすんだ!」
ウィルと少年が言い合っている間にも、人影は増える。
背の高い、ふくよかなシルエットの女性。痩せて骨張ったシルエットの男性。でもこれはどちらも、あまりにぼんやりとしてて、ウィルは気に留めない。
ジョニーのベッドに腰掛ける少女がいる。
彼女も、ウィルと年の変わらない、髪の長い少女。くっきりと明るい目鼻立ち。
ジョニーのベッドの横には、中世の騎士が立ってる。
少女は、その鎧を叩いたり、腕を引っ張ったり、しきりにその騎士にちょっかいを出してる。騎士はされるがまま。
ウィルと少年の言い合いはエスカレートする。
少年「なんだい、君なんか、青白くて女の子みたいな顔して、それにチビで、それに、」
ウィル「君の方が青白いし、変な顔だし、チビだよ」
「弱虫、まぬけ、だめな奴、」
「君、本当に怒りん坊だね、ジョニーはいつも冷静で、馬鹿みたいに怒ったりしないよ」
「ジョニー!」少年はウィルを嘲る。「いつも冷静なジョニー、いつも正しいジョニー、いつも素晴らしいジョニー、ジョニージョニージョニー、」
「何さ、あんたジョニーに嫉妬してるの?」
ジョニーのベッドに座る少女が会話に割り込む。
少年「なんで僕がジョニーに!」
少女「うるさいよ、ジョニー眠ってるんだから」
少年は、勢い良くジョニーのベッドに飛び移った。少女の隣に腰掛け、ジョニーを睨んで言う。
「最低な奴。意地悪で、我がままで、偉そうで。友達を友達とも思わない。友達のフリして、皆を従わせて、踏ん反り返って」
ウィルは怒り、興奮した。でも言い返せなかった。
代わって少女が言い返す。
「ジョニーは最低なんかじゃない。そりゃ偉そうに喋るけど、でもいつも彼は皆を楽しませるし、彼は良い奴だよ。ダニエル達のことだって、礼も貰わないで助けてやって、」
少年「やれば自分がスターになれるから助けたんだ」
少女「あんた、やっぱりひがんでるだけじゃないか」
「今はいいさ。全部くだらない遊びだから。でも、これが遊びじゃなくなったら?」
「どういうこと」
「ジョニーは親友を親友と思ってない、彼にとって親友は駒でしかない」
ウィルはじっと少年と少女の言い合いを見てる。2人の間に、ジョニーの白い寝顔がある。
「まさか。ジョニーをなんだと思ってるの、」
「君こそジョニーをなんだと思ってるんだ、ただのいたずら好きだとでも、」
「そうよ。どんなにすごくたって結局はそう。私と同じ、皆と同じ、ただの子供なんだから」
「同じだって。僕はこんな残酷な奴とは違う。彼は、親友どころか、兄弟のことだって、」
「ああ!本当に馬鹿な分からず屋。あんたっていつもいつも」
「なんだと!畜生、こいつさえいなければ、」
少年がジョニーに飛び掛かり、首に手を伸ばす。騎士がソードを抜いて少年とジョニーの間に割り込む。
それから起こったことは一瞬だった。ウィルは自分のベッドを飛び出して少年に駆け寄ると、彼を騎士から引き離すように抱き寄せその額にキスした。少女も、ウィルの反対側から騎士を抱き寄せ、彼のマスクを抜き取ると、やはりその額にキスする。
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ウィルが起きると、まだ早朝で、窓の外は暗かった。
ベッドに上半身を起こす。眠る三人の親友。ジョニーの頭を見つめる。
ウィルはぼんやりと記憶を振り返る。
五歳のときか、六歳のときか、子供部屋の壁紙を張り替えたときのことを。
(壁紙は青空。ジョニーが父さんにそう頼んだ。僕は本当は星空が良かったんだ)
でもジョニーはウィルに、きっと君は青空を気に入るよ、と言ってきかせて、事実すぐにウィルは新しい壁紙を気に入った。
壁紙は、それからずっと替わらなかった。
今も勿論替わってないだろう。
ウィルはふと、家の住所を思い出した。