17熱と、腕の真珠

 

眠る三人を残して、ウィルは寝巻きを着替え寮を出た。

今日から冬休みで、昨日は他の部屋の友人も交えて夜更かしした。

ダレックとドリーは、明日の船で帰省する予定。

 

ウィルは学校へ向かう。

早朝の日差しが心地よかった。少し前に積もった雪が、道に残ってる。

 

既に校門は開いてる。

ウィルは門をくぐり校庭に出ると、校庭を横切り、その外れにある研究菜園の方へ。

研究菜園のそばに小屋が二軒。

一軒はボロの薬草庫。もう一軒は美しい煉瓦作りで、この学校の保険医の家だった。

保険医は、ホブズという古参の女性。勤務時外もこうして校内に住んで、救急患者に備える。

 

ホブズの家の煙突から煙がたってた。

ウィルは家のドアをノックする。

すぐにドアは開いて、緊張した表情のホブズが出てきた。

「おはようホブズ先生」

「どうかした、ウィル」

ホブズはウィルの顔色を見た。

「別に、元気です」ウィルは、体調悪くもないのにホブズを訪ねたのが恥ずかしくなった。「ごめんなさい、朝早くに」

ホブズはホッとして微笑んだ。

「元気なら良いの。入って。スープができてるわ」

 

ウィルは居間に入って、食卓に着いた。

家の中は小綺麗にしてあるが、天井に大量の薬草が吊るされてる。

キッチンはあるものの、それとは別に、暖炉に鍋がかかってる。ホブズは、その鍋の中身を皿についだ。濃い緑の、どろりとしたスープ。強烈なハーブの香り。

ウィルは声をあげた。

「ホブズ先生、僕具合悪くないんだったら!」

ホブズは意に介さず、ついだスープをウィルに出し、自分の分もつぐと、ウィルの向かいに座って食べ始めた。

ウィルも仕方なくスープを口にする。すると、食べたことのない味だけど美味しくて、一転、ぺろりと食べ終わってしまった。

ホブズ「美味しかったでしょう。まったく、見た目で判断して。このスープ、リラクゼーション効果があるの」

 

食べ終えた二人は、紅茶を飲んでる。

ウィル「今朝、夢を見て。猫、女の子、男の子、騎士、」彼はそこで考え込んで、「男の人と女の人もいたかも」

それから兄も。

それは言わなかった。

「それで、彼らが喧嘩を…」説明しようとすると、とてもつまらない夢に思えてきて口ごもるウィル。

ホブズは笑うでもなく、真剣な顔で頷いた。

「悪夢だったのね」

「うん、だって彼らと僕は幼なじみってくらい、昔からしょっちゅう…夢で、会うし、最近だっていつも会うんだ、」

ピュネウマで。

言いかけて飲み込む。

ウィルは内心焦る。スープの気を緩める効果か?いつもならこんなヘマしないのに。

彼は気を引き締めて続ける。「だから皆親友なのに、殺そうとするんだ」

「あなたを?」

「ううん…」

兄を。

ウィルはまた言いそうになって間一髪こらえる。ああ、またヘマを…。

それとも正直に言うべきか。ホブズは僕の担当医だ。本当に治りたいなら、正直に言うべき?

ウィル「彼ら同士で殺し合おうとしてた。僕が止めた」間違ってはいない。

ホブズは、しばらく黙ってた。紅茶を一口飲んで、ウィルをまっすぐ見る。

「あのね、私、あなたの症状に詳しくないでしょう。全くの無知じゃないけど、実際に人格症を相手にしたのはあなたが初めて。だから、夢解きも上手にできない。それで、新任のホプキンス先生、知ってるでしょう。統制学の」

ウィルは頷く。

「彼の授業、受けてる?」

「ううん。統制学は四年生からだから」

「そう。あのね、彼、あなたと良く似た症状の知人がいるんですって。だから、あなたの症状に関しての実際的な知識は、私より彼の方が持ってる。私は担当を降りて、ホプキンス先生をあなたの担当にしたほうがいいと思う。どうかしら」

ウィルは返事をしなかった。眉間に皺が寄って、どうしようもなかった。

「私あなたを見捨てるわけじゃないわ!そんな拗ねないで」

「ホプキンス先生って医者なの?」

「医者ではないけど、」

「じゃあ見捨てるのと一緒」ウィルは唇をとがらせた。

ホブズはクスクス笑って、拗ねるウィルの頬を軽く叩いた。

「担当医を降りるといっても、学校へそう届け出すだけで、今まで通り治療には関わるわ。あなたのこと真剣に考えてるからこその提案よ」

ウィルは納得いかなくて俯いた。腿の上で揃えた、自分の両手のひらを返してみる。白い手首は、去年の今頃より細いように思う。

彼の左手首の皺の真ん中あたりに、よくよく見ないと気付かないくらいの、小さな真珠くらいの大きさの薄い出っ張りがある。それは、ウィルが一年生のとき、ホブズが彼の手首に埋め込んだ。ウィルがじっと見てると、その出っ張りは、青く透けていくような、ボンヤリ明かりが灯るような反応を見せた。皮膚の内側で。

「僕は、」

僕はどうなるんだろう。

僕の病気は一体なんなんだろう。

 

僕は、死ぬんだろうか。

 

どの問いも言い出せないウィルに、ホブズは宣言する。

「あなたは必ず助かる。でも安心なさいとは言わない。今まで通り、しっかりしてなさい。つまりタイミングを間違えずにいるってことと、それから、楽できるときにはちゃんと楽すること。そうすれば必ず助かるから」

 

 

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紅茶を飲み終わって、ウィルはホブズの家を出た。

 

寮へ帰りながら、彼は考えた。

 

タイミングを間違わずしっかりしてなさい。

似たようなことを前に聞いた。

デイジーの友達が、波に攫われた時。校長が言った。嵐でも、気を保っていれば無事だと。

気を持っていれば無事?波が、気の弱い人間を選んで飲み込んだりしない。

 

彼女は自殺したんだ。

 

それなら僕が死ぬわけない。僕は強い。今までなんのためにジョニーの影に徹してきたんだ。

 

なぜ僕は、ジョニーが夢で殺されかけたことをホブズに言わなかったんだろう。彼が罵倒され、殺されかけたことを。

なぜ彼を庇う必要がある。今や僕は家に帰れる。あり場所を思い出したんだから。

もう彼に頼ることない。今や僕は彼より上だ。

 

ウィルは、自分の息が荒くなるのを自覚して、寮へ歩いてた道を引き返した。

ホブズの家は訪ねずに、人気のない校舎へ入る。校舎は、長期休み中も、帰らない生徒のために解放されてる。

 

ウィルは校舎を歩き回った。

ある廊下までくると、大窓の一つの石枠に座り込み、氷のように冷たい窓に、熱い額を寄せた。

興奮した心がゆっくり冷めていく。意識の靄が晴れていく。

 

メアリ。彼女は僕より弱い。でもその代わり、僕のように病気じゃない。だから大丈夫だ。

メアリ、大切な僕の妹。

それに、ああ、大切な僕のジョニー…

 

 

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ダレックとドリーがいないその冬休みは、カソル三兄妹でピュネウマに通った。

この冬休み中だけは、メアリは古いボートでこそこそ後からついてくことなく、兄達と一緒に新しい方のボートを使えた。

 

ピュネウマにて、悪童四人組は皆バラバラにいるのに、ジョニーとメアリは、離れずにいることが多い。

勿論ウィルも兄妹と一緒にいたかった。でも街に着くと、必ずウィルには迎えがあった。

 

 

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その日、ピュネウマに着くと、背の高いスーツの男がウィルに近づいて、その腕を取った。

毎度なので心得ている兄妹は、さっさとウィルから離れて行く。

 

ウィルは男を見上げた。気難しい顔つきをしてる。

ウィル「あなたもボートを漕いでここに来たの、それとも違うの?」

男は、ふむ…と言うきり。

ウィル「答えてくれないの」

その問いには、一瞥をくれたきり。

 

男はウィルを連れて、タクシーに乗り込んだ。

着いたのは高級ホテル。

ホテルのラウンジで、二人はテーブルに着いた。向かい合い、それぞれソファに腰掛ける。

男は手を上げて、ウェイターを呼ぶと、何かボソボソ告げた。

ウェイターは行って、チェスセットを持ってきた。

「ひと勝負しよう」男が初めて喋った。

 

ウィルはゲームしてるうち、意識が朦朧としてきた。それでウェイターを呼んで、氷嚢を頼み、それを額に当てながらゲームを続けたけど、氷はあっという間にぬるい水になった。

そのうちウィルの左手首の出っ張りが、皮膚の下で微かに、でもウィルの目にははっきりと光りはじめた。ウィルはそれに気付くと、スーツの男に断って、ホテルを出た。

 

倒れそうなのを堪えて街を歩く。

ウィルは、さっき自分からサッと離れて行ってしまった兄妹の後ろ姿を思った。

ウィルは唇を噛みしめる。

 

彼は歩きながら、瞬きを強く繰り返す。

 

気付けばウィルは入江の岸を歩いてた。

もう手首のサインは消えてたし、意識も元に戻ってた。

でも噛み締めた唇はそのまま、彼は入江を後にして寮へ帰る。

 

 

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ピュネウマからの帰りに、ボートは不要だった。

行きには必要だったけど、帰り浮上するのは、ごく簡単だった。

瞬きするか、それでダメなら高いところから落ちるか、または、戻らなければと強く思うだけでも、時に成功する。夢の仕組みと似ていた。

だけどボートを置いて帰れば次がないから、いつもボートは、ウィル以外の誰かしらが漕いで持ち帰った。

ウィルは、ピュネウマにいると、しばしば体調悪くなって、すぐに帰らなきゃいけなくなるから、ボートを持ち帰れない。

彼は、そのようにルームメイトたちに説明しなかった。

自分は浮上しやすいらしく、段を数個踏み外したり、そんなことで意図せずすぐに岸に帰り着いてしまう。そう説明した。

ルームメイトの誰もそれを疑わなかった。ピュネウマでウィルは必ず一人別行動だし、入り江に帰れば彼の体調は戻る。

 

ピュネウマにいるとき以外で、ウィルが体調悪くなるのは稀だったし、ウィルが抜け目なく立ち回るので、誰もウィルの体調の悪いのを見たことなかった。