18抜き打ち訪問

 

新学期。

ジョニー、ダレック五年生に。ウィル、ドリー四年生に。メアリ三年生に。

 

未だ、教師たちは、ジョニー達の部屋の抜き打ち訪問を止めない。

新学期早々、入学式から一月も経たないある日、就寝時の点呼後すぐに彼らの部屋に響いた、明らかに友人でない礼儀正しいノックに、四人とも、いつまで続くのかとウンザリする。

ダレックが立ち上がってドアに向かう。

ため息をつきながら、あからさまに機嫌の悪い顔でドアを開けるダレック。

ドアの向こうに立っていたのはホプキンスだった。

一瞬で表情を変えたダレックは、思わず振り向いて部屋に向かって叫ぼうとした。まるでウィルが初めてこの部屋を訪ねたときみたいに。が、辛うじてとどまる。代わりに、ホプキンスに向かって、愛想良く一言。

「どうぞ」

「寝るところ、悪いね」

「お気になさらず!」

ホプキンスはダレックについて短い通路を抜けて部屋に入った。

ホプキンスを見て、三人も思わず驚き、声を上げそうになったものの、こらえる。否、ウィルは心からの訴えを口にした。

「ホプキンス先生、少なくとも、来るのを事前に僕らに知らせるべきです」

ウィルが訪問の教師に、そうはっきり意見したのは初めてだった。

他三人は、せっかくホプキンスと近づくチャンスなのに、と訝しく思ってウィルを見た。

ウィルの内心は、不安と疑念で満ちていた。ホブズがわざとホプキンスを寄越した?確かに登録上、僕の担当医は、今年からホプキンスになったけど、僕はまだ一言も彼と喋ったことないし、ホブズも強要は絶対しないって、こういうことはしないって言ってたのに。

ホプキンスは、静かにウィルを見つめて、答えた。

「事前に知らせちゃ意味ないだろ。なんのために抜き打ちで見回ると思ってるんだ・・・と、まあね、そりゃあ僕だってこんなことしたくない。百回は断った。百一回は断れないよ。わかるだろ、僕は新任だ」

彼は盛大にため息をつくと、ジョニーに勧められるまま、その彼のベッドに腰を下ろした。

「わかります、わかります、心底、ものすごく、」

ジョニーはホプキンスの隣に座って、道化よろしく何度も頷き、ダレックがそれをみて吹き出した。

ジョニーがダレックを指差す。

「先生の悩み聞いて吹き出すなんて、君、どうしようもない奴だな」

「おい!僕は君を笑ったんだ、君が馬鹿みたいにガクガク首を振るから、」

「あーハン。いや、本当に、とにかく、」ジョニーはダレックには虫を払うような片手を寄越したきりで顔も向けず、期待の新任教師に向かって、大きく両手を広げて、忙しくそれを上げたり下げたりした。「上司の先生方が、あれじゃあね!あれっていうのは、つまり、まあ僕は生徒だから遠回しに言いますけど、堅物爺いというか、そうじゃなければ堅物婆あというか、どっちみちあんな岩っころの中で自由は効かない。どうしてこんなヘンテコ石頭学校にきたんです?ホプキンス先生ほどの人なら、名のある学校から引く手数多、いや学校に限らなかったでしょう…ドリー!早く紅茶とクッキーを先生に!」

ドリーは、部屋の中央にある小さなテーブルをホプキンスの前までひいてきて、言われずとも既に用意済みだった、もてなしのトレイをその上に置くと、やはりドリーの方を見もせずにただ宙で指を鳴らして命じてみせたジョニーの頭を思い切り良く叩いた。

ドリーに続けてダレックもジョニーの頭に、叩く勢いで手を置いて言った。

「すいません、こいつ、悪気ないんだ、先生と仲良くなりたいだけで」

大きく笑うホプキンスに、空気が和んだ。ウィルは密かな疑念を抱えたまま、態度は改めた。

テーブルを挟んで、ホプキンスとジョニーと向かい合うように、隣のウィルのベッドに、ウィル、ダレック、ドリーが座る。

浮かれたジョニーは、ペラペラとよく喋った。彼はホプキンスに、学生の間で使う略語で話しかけたり、その肩を抱いたりまではしなかったけど、教師に対するよりは同じ生徒に対するような話振り、それに振る話の内容は、この学校のAからZまでの教師の悪口だった。それも一人一人細かく散々。

しかし、新任だから生徒に甘く見られてる、それがどうした、とそういうことは少しも気にしないホプキンスだった。彼は、自尊心をずっと昔にどこかに落としてきて、それきりなのだ。勿論、ジョニーの話に同意を示すなんて間抜けは一度もしなかったけど。

 

いつも通り、お返しのお茶菓子を是非先生の部屋で、と4人でねだる。勿論いつも通り冗談として。ジョニーは考える。いくらホプキンスが新任で、その上他の先生とまるで違ってチャーミングだからといって、そう簡単にどうぞと言わないのは分かってる。いいのさ、これからだ。

ところがホプキンスは、笑い飛ばしもせず、考え込む。

「・・・いつが良いかな」

4人は揃ってぽかんとなる。ホプキンスが続ける。

「自慢じゃないけどね、冗談じゃなく、三日間部屋の整理に明け暮れたとしても、片付かないくらい部屋が汚い。そのことも考えて日取りを決めたいな」

ホプキンス「時間は、就寝点呼後として。あ、違う、教師の校舎見回り後・・・僕が見回りの日がいいね」

教師の部屋は、全て校舎内にあった。

ウィル以外が湧いて騒ぐ。

ホプキンス「ちょっと待った、君たちを買ってるからこその提案なんだ、いつも以上に慎重にやってくれ。浮かれて失敗なんかしないでくれよ」

憮然とするジョニーとダレック。

「それは僕らに対する侮辱だ」「見くびってもらったら困ります」

 

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X日当日、ホプキンスが、要所要所の鍵をかけ忘れて、校舎見回り当番から部屋に帰ってきてしばらく、聞き逃してしまいそうな微かなノックが三度、彼がドアを開けると、凸の四つあるシーツの化け物が。

彼は呆れて、その後大声で笑い出しそうなのをなんとかこらえて言った。

「・・・なにそれ」

シーツがもぞもぞと部屋へ侵入してくる。ホプキンスは入口から退いてその塊を通してやると、ドアを閉め、鍵も締めた。シーツが床に落ちて、興奮気味の四人が出てくる。

ホプキンスが笑いながら言う。

「まったく、こっちの気も知らないで楽しんでるね。シーツなんか被ってちゃ、いざってとき、逆に逃げられないだろ。見つかったとして、そっちは罰則で済むかもしれないけど、僕はクビにされちゃうよ。いやはや、クビで済むかどうか・・・」

 

四人は、四人がホプキンスに振る舞ったより、ずっと上等な紅茶とケーキを振る舞われた。

絶対に立ち入れないはずの教師の部屋で、許されて遊べるのが嬉しくて嬉しくて、彼らははしゃいだ(ウィルも、依然として不安だったけど、いざ本当に教師の部屋に足を踏み入れたら、不安はさておいてしまった)。

教師の部屋の、自分たち学生の部屋に比べて、なんと豪勢で、また知的なことか。実際にはそうでもなくても、学生の彼らには、そう見えた。

その空間の広さ。大きな姿見、天井から下がるランプの細かい装飾。真冬だって寒くないだろう、分厚い濃い赤のカーテン。ぎっしり詰まった大きな本棚、隅に立てかけてある何本もの巻物。広い書き物机に乗ってる、植物や虫の標本、小さな天体模型。その他、用途の分からない装置ばかり、部屋の半分を占めている。大きな振り子もある。部屋のあと半分に、テーブルと小さなイスが四脚、天蓋付きベッド、ソファ、大きな暖炉。

 

散々楽しい思いをして、四人が寮の部屋に帰り着いたのは真夜中だった。疲れて四人はすぐベッドについた。