19二度目の招待

 

冬。

 

生徒たちが期末試験から解放された、その夜。

ホプキンスは、この間四人が部屋に訪ねにきた日と同じように校舎見回りを終え、部屋で彼らを待った。

 

ノックが聞こえて、部屋のドアを開けるが、誰もいない。

ホプキンスは、眉を顰めて額に手を当てた。誰もいない宙に向かって、早く、と言うと、彼自身は脇に寄って、少し待ってから、ドアを閉めて鍵を掛けた。

彼はすぐ室内を振り向いて、吐き出すように文句を言う。

「君達、一体何考えてるんだ」

「凄いでしょ!」

ホプキンス以外誰もいない室内に響く、声変わりしたてのジョニーの声。「生徒で、これだけ上手く術を使えるって。僕らの他にいないでしょ」

「早く解きなさい」

そうホプキンスが言うと、部屋に沈黙がおりた。

しばらく待っても、何も起こらない。

「まったく!」

更に焦った調子のホプキンスは、早口で言う。「ドリー。それは寝間着?親からのプレゼントかな。随分素敵で、寝間着と思えない。鮮やかな赤だね」

次の瞬間、寝間着姿の四人の生徒が、それぞれローブを片手に、ホプキンスの目の前に立っていた。

ホプキンスは脱力して椅子に腰掛け、頭を抱えた。

「自力で解けない術を使うなんて、君達、言語道断だ」

そもそも、生徒は勝手に術を使うのは禁止。

ドリー「ジョニーとダレックがやるって言ったんだ・・・」

ホプキンス「とんだ後輩指導だね、ジョニー、ダレック」

ダレック「ちぇ、ホプキンス先生はなんでそうドリーの肩を持つんだ。僕たち別に強要したわけじゃあない」

ホプキンス「だろうね。陽気に唆したんだろ。強要より厄介だ」

ジョニーは聞く耳持たずで、ぬけぬけとホプキンスを褒める。

「にしても、やっぱりホプキンス先生はすごい、僕らの術を一瞬で解くなんて」

ホプキンス「君たち、ここの教師をどこまで見くびってるんだ。皆が簡単に解くだろう。上手く隠れてきたつもりだったかい。はっきり言って、君たちは今日、その下手くそな術のせいで、いつも以上に目立ってたんだよ。だから、見つからなかったのは、君たちがとてつもなくツイてただけだ」

そして僕もツイてた、とホプキンスはぐったりうつむいた。

 

ホプキンスはしばらくの説教の後、軽食を用意してくれた。

育ち盛りの四人は、あっという間にそれを平らげてしまうと、図々しく室内を物色しだす。ホプキンスも、注意せずに好きにさせてる。

四人は、さも全てが珍しく全てに興味があるように装って部屋を歩き回ってたけど、ホプキンスには分かってた。彼らが探し物をしてると。

 

目当ての物は、乱雑な本棚の端から飛び出してたので、四人はすぐにそれを見つけた。

本棚からその数枚のアルバムレコードを引き抜いて手に取る四人。

レコードは新品で、ジャケットにはツヤがあった。ジャケットの写真は、鬱蒼と繁る森の緑をバックに、憧れ続けた顔が並ぶ。左上に、最高にイカしたロゴで、RUBBER SOULとある。

四人の内心は、欲しくて仕方ないレコードを手にしたまま、嬉しさからくる興奮と、ホプキンスがこんな物を、隠しもせず本棚に置いていたことに対する困惑が、ない交ぜになる。

ホプキンスは、混乱した表情を向けてくる生徒たちに、相変わらず座って紅茶を飲みながら、肩をすくめてみせた。

「僕の部屋を訪問するのなんて、君たちくらいしかいないもの。別に隠す必要もない。それにね、暗示かけてあるんだ、そのレコード」

ダレック「なんだって?」

ホプキンス「そのレコードだけじゃないよ、この部屋にあるパラレルワールド関連の物には全部、暗示かけてある。案外、“物”の方が“人間”やなんかよりずっと暗示をかけやすい場合もあるんだ」

自身以外に暗示をかけることは、一応タブーだ(ジョニーは既に2年生になる前にそのタブーを犯してたわけだけど)。ましてや、“物”、つまりは無機物にまでも暗示をかけることが可能だという事実は、禁書にすらそうそう記されてない。

ダレック「…どんな暗示かけてあるんですか」

ホプキンス「勿論、見つかるな、と。その存在に明るくない者にはね。まさか君たちがビートルマニアとは。もしかしてパラレルワールドにいくらか関心があるかとは思ってたけど、いや、恐れ入った」

ホプキンスは立ち上がり、四人の手からレコードを取ると、どこからか、珍しい形(つまりパラレルワールド製)のレコードプレーヤーを運んできて、そのレコードをかけた。ごく小さな音量だったけど、問題なかった。

4人はしんと聴き入った。

 

ドリーは、その歌のシタールの音色が気に入ったらしい。一通りアルバムを聞いた後は、彼のリクエストで“ノルウェーの森”が何度も部屋に流される。

「さて、いいかい、騒ぐなよ。ここに4枚のチケットがある」

定位置に座り、ゆったりと足を組んで喋るホプキンス。確かに4枚チケットを握ってる。

絨毯敷きの床に、めいめい座り込んだり寝そべったりしながら歌に入り込んでた4人は、身を起こして、固唾をのんでチケットを見つめ、ホプキンスの話の続きを待つ。何のチケットかは分かりきってる。ツアー最終日、カーディフで行われる予定の彼らのライブチケット。その日まで、もう一週間もない。

ホプキンス「僕も一緒に行きたいけど。そしたら本当にクビだ。だから、もし危険を冒すなら、悪いけど君たちだけでどうぞ」

子供達は、興奮で、変に厳かになりつつ、教師からチケットを受け取る。

「大人は、子供よりも更に随分と自由がきかない」

そう言って溜め息をつくホプキンス。優しいシタールの音色が、彼の溜め息をそっと掬い上げる。