21無鉄砲

 

ホプキンスは、この世とパラレルワールドとに実質的な距離があるわけではない、と言った。

だから、とても上手くいけば、着くのにまるで時間はかからないし、逆に一度手間取ってしまえば、何日かかるか分からない。まあ、君たちなら大丈夫だろう。

 

*****************

 

どうしても抽象的な表現が多くなってしまうホプキンスのアドバイスでは不安だった4人は、チケットを貰った次の日の夜、図書館内の禁書棚を漁った(ちなみに、ダレックとドリーは、長らく揉めたものの、無事帰省便変更の許可をもらった)。

思った通り、波下町とパラレルワールドの共通性を論じた禁書に数冊巡りあう。4人が波下町に出入りしてることを知らないホプキンスは、感覚大事の、旅の成功の秘訣を説明するのに、随分苦労したようだった。

 

その場でひそひそ喋り合う4人。

ダレック「少なくともピュネウマより時間がかかるってことはないらしい」

ドリー「ということは到着まで半時間くらいか」

ウィル「向こうに着いてからカーディフに向かうまでに半日以上かかりそうだけどね」

ドリー「帰りは、それもピュネウマと同じなのか、つまり、すごく簡単に、一瞬で、」

ジョニー「夢から覚める要領で」

ドリー「そう、それ。こっちの本のこの部分、そんなようなことを書いてある気がするんだけど。文章がややこしくて、僕には…」

ジョニーとダレックが、ドリーから受け取った本を揃って覗き込む。脇から、ウィルとドリーがランプで本を照らしてやる。

 

**********************

 

結局、そのまた翌日の夜には、4人はパラレルワールドに向けて、例の入り江から、いつものボートを漕ぎ出していた。ライブまであと4日。はやる気持ちを抑えきれなかった。

洞窟を素通りして、沖へ沖へ。

 

諸荷物を積んだボートは、ゆっくり進んだ。

ウィルは、パラレルワールド製のコンパスを手に、ランプの近くに座っている。彼はコンパスを眺める。

盤には、シンプルな東西南北の表示。いくら眺めても、当たり前に北を指すだけだったが、パラレルワールド製のものは、やはりかの世界と引き合うものらしい。持っていくように、とホプキンスから渡されたのだった。

 

ドリーもコンパスを覗き込んでくる。「どう?」

ウィル「いや、特には」

ドリー「海面に垂直にかざせば、海底指すんじゃないの」

ダレック、オールを漕ぎながら、「バカ、だからピュネウマとは違うって言ってるだろ」

ドリー「だって行き方一緒って書いてあったし、昨日の本にさ、だったらやっぱり、」

ダレック「君はどこまで単純なんだ」

ドリー「なんだよ、まともなやつなら誰でもそう考える!一緒って書いてあったら、」

ジョニーもオールを漕ぎながら、「それなんだけど、一緒っていうのは、光を追う、って意味で、だと思うんだ。パラレルワールドは、波の下にあるわけじゃないだろうし。そうじゃなくて、多分こっちと、ほぼ重なってる世界だから」

ダレック「ほぼ重なってる、つまりは、微々たるズレがあるってことだ。そのズレを見つけて潜り込む。それで上手くいく、はずだ」

ドリーに、今更の説明をしながら、でも確信があるはずもなく、ダレックはジョニーの方を見た。2人は、半分以上直感に頼った推測に対する、お互いの不安を励ます意味で、頷き合った。

腕を組み頭をひねるドリー。ふうん、そんなものかな?

ウィル「ズレから潜り込む…僕たち害虫みたいだね」

ドリー「いや、それはまさか。逆だったら、パラレルワールドの奴らがこっちにくるっていうなら、そうかもしれないけど、」

「こっちから行けば、多少の浄化にすらなるんじゃないか」ダレックが笑いながら言う。

少し驚いて黙るウィル。

「…どうだか」ジョニーはそう言ったきり、前方を見つめて漕ぎ続ける。

 

真っ暗な中、遠く水平線に靄が見え始めた気がした。

でもそれは、靄なわけがなかった。満天の星とはいえ、この真夜中に、水平線に靄が出ていても、見えるはずがなかった。

それは、夜より濃い、なにか、闇の塊みたいだった。

その闇をみとめて、4人は、ルートを間違えたか、とゾッとした。

それとも、あれがパラレルワールドの入り口?ニュースボックスで色々と見聞した、かの地に関する情報は、どれも輝いて見えたが、それらは所詮媒体を通し過ぎて本来の姿をとどめていなかったんであって、やはり実際には、そこは、魔界という別名の通りの世界なんだろうか。

 

それとも、罠だったのか、やはり。

 

4人は焦って思わず振り返る。

驚いたことに、いつのまにか来た路はすべて闇に飲まれていた。後ろを見渡しても海の気配がない。空も、星ごと消えている。

「あ…」

ボートの一番後ろに座ってたドリーが、そろそろと後じさってそこを離れた。

わずかに、船尾も消えている。消えた船尾から、じわじわしみ込んできてるのは、海水ではなく、それも闇だった。

ドリーとウィルは荷物と一緒に、できるだけ船尾から離れた。立ち上がって漕ぎ始めるジョニーとダレック。立ち漕ぎにも対応しているこのボートで、しかし、今まで実際に立って漕いだことは一度も無かった。初めての危機。4人は前だけを見据えた。

止まれば飲み込まれてしまうだろう。

あっという間に状況は変わった。目指すために進むのではなく、逃げるために進む。

でも前方も、今や一面闇が迫っていた。

逃げ路がない。

ドリー「海底に逃げるのは?」

ウィル「ジョニー、ダレック、」

ジョニー「多分駄目だ、」

ダレック「おいジョニー、一旦やってみよう、」

ピュネウマに行くときの要領で、4人で船首に集まって体重をかけて、船首を海面に沈めてみる。

待ってみても、期待したことは起こらない。

ジョニー「…やめよう、無駄だ、」

ウィル「もう少し待つべきじゃないの、」

ジョニー「いや、多分今この海底に、僕たちの逃げ場はない。光を追うってのは、何もパラレルワールドとピュネウマに限ったことじゃない、逃げ場でも何でも、誰かが目指す場所がそこにあったとして、目指してるその人には必ず光が見えるんだと思う。見てごらんよ、覗いても明かりが全然見えないだろ。ダレック、オールを持て。とりあえず進む。ウィルとドリーはコンパスを、」

ジョニーはいち早くオールにつく。三人もジョニーの指示通りにする。

ジョニーが漕ぎながら、「おい、コンパスはどうなってる?」

ウィルとドリーは、必死にコンパスを睨みつける。北を指す“以外に”、なにか助けになる指示が出ていないか。

闇が、ボートを漕ぐジョニーとダレックのローブの裾を、今にも洗おうとする。