5図書室
新学期、授業に慣れるまで、ウィルは図書室を頻繁に利用した。授業内容復習のため。
特にウィルが真面目なのではなくて、そのような新入生はウィルの他にも多かった。
新入生が復習に励むのは、この学校で恒例だった。というのも教師たちは、新入生の聞き慣れない単語や見慣れない公式を、初めから当たり前のように用いた。その場で質問すれば勿論答えてくれるが、大抵の幼い生徒は質問する機会を逸してしまう。
教師は皆流れるように授業を進めた。説明の中で、滞りなく推移してく問題点、隙なく導き出される結論。その美しいまでの滑らかさに呆気に取られてるうち授業は終わり、気がつけば手元のノートは未理解の単語や式でいっぱい。生徒たちは、それを束ねて図書室へ向かう。
寮部屋で勉強ははかどらない。特にウィルの部屋は、ジョニーとダレックのおかげで客が多く賑やかだった。
しかしドリーは、復習するにも寮部屋を選んで、図書室は行かない。不審に思うウィル。
特にウィルが真面目なのではなくて、そのような新入生はウィルの他にも多かった。
新入生が復習に励むのは、この学校で恒例だった。というのも教師たちは、新入生の聞き慣れない単語や見慣れない公式を、初めから当たり前のように用いた。その場で質問すれば勿論答えてくれるが、大抵の幼い生徒は質問する機会を逸してしまう。
教師は皆流れるように授業を進めた。説明の中で、滞りなく推移してく問題点、隙なく導き出される結論。その美しいまでの滑らかさに呆気に取られてるうち授業は終わり、気がつけば手元のノートは未理解の単語や式でいっぱい。生徒たちは、それを束ねて図書室へ向かう。
寮部屋で勉強ははかどらない。特にウィルの部屋は、ジョニーとダレックのおかげで客が多く賑やかだった。
しかしドリーは、復習するにも寮部屋を選んで、図書室は行かない。不審に思うウィル。
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図書室は、三部屋ある。
天井はどの部屋も数階分ほど高く、壁面は天井まで本棚。壁面に幾つも回廊が取り付けられている。
三部屋とも部屋中に乱立する本棚のために迷路のようだ。
大きな長机は一つもない。代わりに迷路の中には、四人掛け机が無数に点在している。ここの生徒がさほど多くないのもあって、仮に全校生徒が図書室の机を利用するにしても余りあるだろう。それなので誰も着いていない机を探すのはいつでも容易かった。
三部屋とも部屋中に乱立する本棚のために迷路のようだ。
大きな長机は一つもない。代わりに迷路の中には、四人掛け机が無数に点在している。ここの生徒がさほど多くないのもあって、仮に全校生徒が図書室の机を利用するにしても余りあるだろう。それなので誰も着いていない机を探すのはいつでも容易かった。
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放課後。
図書室で勉強しているウィル。
コンコンと音がして振り向くと、本棚に寄りかかってるジョニー。
彼はウィルに近づいて、その手元を覗き込んで言った。
「数学か。数学は大事だ。正直僕はそう得意じゃない。君はどう」
「結構得意」とウィル。
「うんうん、そうこなくっちゃ」
満足気なジョニー。「じゃあ君、船を作ってくれ」
「船」ポカンとするウィル。
「今すぐにじゃなくていいんだ」
言いながらジョニーはウィルの隣に腰掛けた。
「なんで」
「だってここは見渡す限り海じゃないか。色々出掛けるのに船が要る。あの港街だけじゃつまらない…ところで明日は、例の入り江に行こう」
ウィルが聞く。「学校裏の入り江?そこの水って確か、」
「そう。最近、もう一度飲めってうるさい。ドリーの奴、爆発寸前だ」
ジョニーはどことなく機嫌がいい。
「君、疑われて嬉しいの」とウィル。
「まさか!でも入り江はいいところだ。目下、僕とダレックで作ったボートで行かなきゃならないから災難だけど。申し訳ないけど乗り心地は良くない。僕ら、簡単なボート一艘ろくに設計できないんだ、情けないだろ」
「ボートって。沖までいくつもり」と驚くウィル。
「あのボートで沖に出る気にはなれない。入り江に洞窟があってその中を行く。舟がなきゃ進めない」
「なるほど」
ウィルは肩をすくめた。校則で入り江脇の洞窟は侵入禁止だった。
「仕方ない、洞窟の波の水じゃなくちゃ効果がない」とジョニー。仕方ないというような調子じゃない。
ジョニーはどことなく機嫌がいい。
「君、疑われて嬉しいの」とウィル。
「まさか!でも入り江はいいところだ。目下、僕とダレックで作ったボートで行かなきゃならないから災難だけど。申し訳ないけど乗り心地は良くない。僕ら、簡単なボート一艘ろくに設計できないんだ、情けないだろ」
「ボートって。沖までいくつもり」と驚くウィル。
「あのボートで沖に出る気にはなれない。入り江に洞窟があってその中を行く。舟がなきゃ進めない」
「なるほど」
ウィルは肩をすくめた。校則で入り江脇の洞窟は侵入禁止だった。
「仕方ない、洞窟の波の水じゃなくちゃ効果がない」とジョニー。仕方ないというような調子じゃない。
「でも、」ウィルは、ためらったが続けた。「実際君でしょ。ドリーにちょっかい出してるの」
ジョニーは両手と眉をあげておどけた。
「まいった。君に嘘はつけないなあ」
ウィルは悲しそうにため息をついた。「ドリーだって騙されちゃいない」
「まいった。君に嘘はつけないなあ」
ウィルは悲しそうにため息をついた。「ドリーだって騙されちゃいない」
「そうだろうね、あんなに波の水波の水って癇癪おこしてるくらいだから」
「前にも飲んでみせたって言ってたね。どんなトリックか知らないけど、明日も同じように飲んでみせてドリーを騙すの。それとも、飲めば嘘がつけなくなるって話は、君の作ったでたらめ?」
「とんでもない。きっちり先輩から伝え聞いた話さ」
「ああそう。じゃあ違うトリックがあるんだね。
「前にも飲んでみせたって言ってたね。どんなトリックか知らないけど、明日も同じように飲んでみせてドリーを騙すの。それとも、飲めば嘘がつけなくなるって話は、君の作ったでたらめ?」
「とんでもない。きっちり先輩から伝え聞いた話さ」
「ああそう。じゃあ違うトリックがあるんだね。
この話を持ち出したくはないけど、君は反省したんじゃなかったの、ポーのとき、」
「その話はするな」
ジョニーが無表情になった。
ウィルはひるんだけど続けた。
「止めないよ。それにこの話は君にとって悪いことばかりってわけじゃない。ポーは治った。君がこっちにきてからすぐ。今は元通り元気にしてる」
ジョニーの肩がふっと下がった。それでも疑わし気に聞く。
「ほんとに」
「ほんと。まともに学校に通ってる。あの教会の屋根裏には出入りしてても、人形には見向きもしない。すっかり忘れてる」
「まだ出入りしてるの」
「それは、あの教会の牧師がポーを引き取ったんだ、だからだよ。自然と秘密基地は今や彼女のものさ。文句ないでしょ」
「彼女さえ良ければ、文句あるはずない」
ジョニーはそう言うと、目を閉じて手を組み、しばらくじっとしていた。
「その話はするな」
ジョニーが無表情になった。
ウィルはひるんだけど続けた。
「止めないよ。それにこの話は君にとって悪いことばかりってわけじゃない。ポーは治った。君がこっちにきてからすぐ。今は元通り元気にしてる」
ジョニーの肩がふっと下がった。それでも疑わし気に聞く。
「ほんとに」
「ほんと。まともに学校に通ってる。あの教会の屋根裏には出入りしてても、人形には見向きもしない。すっかり忘れてる」
「まだ出入りしてるの」
「それは、あの教会の牧師がポーを引き取ったんだ、だからだよ。自然と秘密基地は今や彼女のものさ。文句ないでしょ」
「彼女さえ良ければ、文句あるはずない」
ジョニーはそう言うと、目を閉じて手を組み、しばらくじっとしていた。
再びジョニーが目を開ける。
ウィルは仕切り直す。
「君は反省したんじゃなかったの。ポーのとき思ったはずだ、もうやらないって」
「だって、僕…しょうがないだろ、責めないでくれよ」拗ねるジョニー。
ウィルは仕切り直す。
「君は反省したんじゃなかったの。ポーのとき思ったはずだ、もうやらないって」
「だって、僕…しょうがないだろ、責めないでくれよ」拗ねるジョニー。
ウィルは少しの間ジョニーを見つめて、溜息をつく。「僕には何をしてもかまわないよ」
ジョニーはハッとして、それから唇を噛んで、でも黙っている。
ウィルは続ける。
「ただね。ドリーを寮部屋に拘束しないであげて。彼は頭が良いようだけど、勉強時間が足りてないと思う。ジョニー、君は去年どうだったか知らないけど、わかるでしょ、授業に慣れるまで、僕ら新入生には復習時間が必要だ」
ジョニーは首をふって、また両手をあげた。
「OK、その通りだ。確かに彼には勉強時間がほんの少しだけ足りてないな」
話はダレックのことにも移っていく。
「彼は随分親切だね」戸惑うようなウィルの口調。「他人事の問題解決に、あんなにも率先して協力的だなんて」
「いい奴なんだ」とジョニー。
「面白がってるように思えるけど」とウィル。
ジョニー「このミステリは彼にとって他人事じゃない。だからあのノリなんだ。不謹慎な奴って思った?」
戸惑いつつ頷くウィル。
ジョニーは笑った。「間違ってないけどね」
「だって彼は家族から忘れられたりしていないし、問題なく帰省してるんだろう?」とウィル。
「ああ。でもダレックから聞くに、彼の家は我が家とは結構違う。彼が帰っても身内の出迎えは無いらしい。お坊っちゃまをお迎えするのは列をなす出来のいいメイドだ」
ダレックの家、ダグラス家は大金持ちで、彼の父親は、誰もが聞いたことのある大企業のトップだった。言われてみれば彼にはそのような雰囲気が十分にある。
「ダレックは言ってる、『俺が帰っても喜ぶやつは誰もいない』」
何処かで聞いたような話だとウィルは思った。
辺鄙な場所にある美しく巨大な全寮学校。生徒は三種類。親が英才教育を望むもの。専門教育を望むもの。厄介払いを望むもの。
ふと気が付いてウィルは内心穏やかじゃない。何処かで聞いたような話だって。まるきりここの話じゃないか。
ウィルは心からダレックを気遣って言った。
「気の毒だね。それでも彼が家に帰るのは、やっぱり、」
「だから彼は元から親に忘れられてるようなもんなんだ。分かるだろ」ジョニーは、ウィルの気遣いを面倒に思ったみたいに、片手で宙を払って遮った。「ヤツらは僕らをここに拘束したくて、僕らと母さんたちとの縁を無理やり切ろうとしてる。でもダレックを拘束するのに、その必要はない。だって彼には元から大した縁なんかないんだから」
ウィルはジョニーの態度がショックだった。でもショックは脇に置いて、問う。
「僕らの敵がダレックも狙ってるって?そんなことどうして分かるの。僕らには実際に問題が起きてるけど、彼には何も起こってないのに。その考えはちょっと妄想が過ぎるんじゃないの」
まさか、と当然のようにジョニーは言う。「だって僕だったらダレックを絶対に拘束したいって思うもの」
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ウィルは手元の勉強道具を片付けながら、「明日は、」
ジョニーはハッとして、それから唇を噛んで、でも黙っている。
ウィルは続ける。
「ただね。ドリーを寮部屋に拘束しないであげて。彼は頭が良いようだけど、勉強時間が足りてないと思う。ジョニー、君は去年どうだったか知らないけど、わかるでしょ、授業に慣れるまで、僕ら新入生には復習時間が必要だ」
ジョニーは首をふって、また両手をあげた。
「OK、その通りだ。確かに彼には勉強時間がほんの少しだけ足りてないな」
話はダレックのことにも移っていく。
「彼は随分親切だね」戸惑うようなウィルの口調。「他人事の問題解決に、あんなにも率先して協力的だなんて」
「いい奴なんだ」とジョニー。
「面白がってるように思えるけど」とウィル。
ジョニー「このミステリは彼にとって他人事じゃない。だからあのノリなんだ。不謹慎な奴って思った?」
戸惑いつつ頷くウィル。
ジョニーは笑った。「間違ってないけどね」
「だって彼は家族から忘れられたりしていないし、問題なく帰省してるんだろう?」とウィル。
「ああ。でもダレックから聞くに、彼の家は我が家とは結構違う。彼が帰っても身内の出迎えは無いらしい。お坊っちゃまをお迎えするのは列をなす出来のいいメイドだ」
ダレックの家、ダグラス家は大金持ちで、彼の父親は、誰もが聞いたことのある大企業のトップだった。言われてみれば彼にはそのような雰囲気が十分にある。
「ダレックは言ってる、『俺が帰っても喜ぶやつは誰もいない』」
何処かで聞いたような話だとウィルは思った。
辺鄙な場所にある美しく巨大な全寮学校。生徒は三種類。親が英才教育を望むもの。専門教育を望むもの。厄介払いを望むもの。
ふと気が付いてウィルは内心穏やかじゃない。何処かで聞いたような話だって。まるきりここの話じゃないか。
ウィルは心からダレックを気遣って言った。
「気の毒だね。それでも彼が家に帰るのは、やっぱり、」
「だから彼は元から親に忘れられてるようなもんなんだ。分かるだろ」ジョニーは、ウィルの気遣いを面倒に思ったみたいに、片手で宙を払って遮った。「ヤツらは僕らをここに拘束したくて、僕らと母さんたちとの縁を無理やり切ろうとしてる。でもダレックを拘束するのに、その必要はない。だって彼には元から大した縁なんかないんだから」
ウィルはジョニーの態度がショックだった。でもショックは脇に置いて、問う。
「僕らの敵がダレックも狙ってるって?そんなことどうして分かるの。僕らには実際に問題が起きてるけど、彼には何も起こってないのに。その考えはちょっと妄想が過ぎるんじゃないの」
まさか、と当然のようにジョニーは言う。「だって僕だったらダレックを絶対に拘束したいって思うもの」
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ウィルは手元の勉強道具を片付けながら、「明日は、」
ジョニー「消灯見回りの後、入り江に行こう。四人で一緒に行くより、二人ずつに別れて、時間ずらして部屋を出た方がバレない」
「舟はどうやって運ぶの」
「僕とダレックで夕方のうちに入り江に運んでおく」
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ウィルは思う。
ジョニーは、ドリーの目の前で真実薬のようなその海水を飲み、彼本人からの犯人か否かの質問に、ノーと答えるだろう。ドリーは腑に落ちないまま、それでも納得せざるをえないだろう。
「舟はどうやって運ぶの」
「僕とダレックで夕方のうちに入り江に運んでおく」
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ウィルは思う。
ジョニーは、ドリーの目の前で真実薬のようなその海水を飲み、彼本人からの犯人か否かの質問に、ノーと答えるだろう。ドリーは腑に落ちないまま、それでも納得せざるをえないだろう。
どんなトリックかしら。
考えてもウィルには分からない。でも分からなくても気にはならなかった。ジョニーが教えてくれないんだから僕が知る必要のないことなんだろう。
ただドリーのことはやっぱり気の毒だった。