7リトルガーデン

 
「それで、一体なにしたの」
朝食の席。校舎の大食堂にて。ウィルが、並んで座るダレックを問いつめる。ドリーとジョニーはいない。

置き去り。使い走り。盗みもさせた。道化の真似をさせて笑ったり。猛獣をけしかけたり。

「猛獣」驚いて訝しむウィル。「どうやってそれを、」
「もちろん実際にけしかけたりしてない。けしかけたフリしただけだ。だから、ふざけただけのつもりだった」決まり悪そうなダレック。
「フリって」
「ドリーに、そう思い込ませただけってこと。暗示かけただけ。ジョニーが上手くやるんだ。実際奴は上手いなんてもんじゃないよ、ほんと」
ウィルはダレックの言い方が気に食わなかった。こいつ、ジョニーが首謀者だと言わんばかりだ。「ジョニーにばっかり非を押し付けるな」
ダレックはさっさと朝食をたいらげつつ答えた。
「だって事実だ。僕はどちらかっていうと、心理派より実践派だからな。あーだこーだって催眠術かけるより先に手足が出る」
今度こそウィルは非難を込めてダレックを睨んだ。
ダレックは焦ってすぐ弁解した。
「ドリーを殴ったり蹴ったりしたことは一度もない。心理戦は苦手って言いたいだけだ。言葉の綾だよ」


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学校を囲む雑木林の中、ぽっかり空いた空間が一箇所あって、生徒たちはそこをリトルガーデンと呼ぶ。
冬模様のリトルガーデンは、グラス、シードヘッド、ヘザーばかり目立つ。晴れてる日には冬枯れのグラスが金に輝いて、ブルーのヘザーがそれに差し色をし、人を明るい気持ちにさせるだろう。でもこの曇天では、植物園全体が灰色にくすんでた。
細かい霧雨が降り出した。
霧雨は冷えた天候ですぐ凍って、植物園に一人立つドリーの頬を微かに叩いている。

ウィルが植物園にやってきて、ドリーを見つけて、でもしばらく声をかけずに彼を見つめた。
遠くから見えるドリーの横顔は、植物園の景色に似合って美しかった。その絵はウィルの心の奥までシンと冷やした。

「ドリー」ウィルが声をかけた。
ドリーは驚いて振り向いた。
「僕もよく見つけたと思うよ。午後の授業行くだろう?」ウィルは言いながらドリーの元に向かった。
近頃、授業は全て一緒に受けていても、昼休みや放課後に一人消えるドリーを、ウィルは探したことはなかった。でも今日の昼休みは、ふと思い立ってウィルは学校中歩き回った。

ドリーは、ジョニーの告白以来、ウィルとは仲良くしても、ジョニーとダレックとは口をきこうとしなかった。寝泊まりも他の友人の寮部屋を渡ってた。初めは、二人と口きかないまま自室で頑張ってたけど、そのうち、気を張るのに疲れて出ていくようになった。

ウィルはドリーのそばに行って、彼の頬の凍った雨粒を手で払った。
ドリーは言った。
「別に、もう怒ってないんだ」
ウィルは、頬の次に、ドリーの頭をそっと払う。
ドリーは続ける。
「だって何されたか、どうせ覚えてないし。ねえ、君も彼らと一緒に僕を笑ってたの?」
ウィルは首を横に振って言った。
「誓って、そんなことしてない。ほんとだ」
しばらく黙って、ドリーが言う。
「ううん、別にいいんだ、君が僕を笑ってても笑ってなくても。ただ、なにも覚えてないってのは…君も僕を情けないと思う?」
またウィルは首を横に振る。
ドリーも首を振る。「君の記憶喪失と、僕のとでは違うさ。君のは事実そのものが取り去られてるけど、僕は、僕が覚えてない、それだけだもの」
「そうじゃない」とウィル。「僕にもあるんだ…」
しかしウィルはうまく説明できなくて口を噤むしかなかった。でも確かに、あの、事実自体が無くなったのとは別に、憶えていないことがある気がした。ポーのことや、自分の入院のこと。

ドリーが言う。
「彼らの面白いって言う本を、僕も読んでみても、あんまりその面白さがわからない。わからないから時間をかけて読んでたら、彼らの話題はもうずっと、違う本に移ってる。校庭でボールゲームを一緒にしてたって、彼らは面白おかしく難しいルールを次々作り上げて、僕は置いてけぼりだ。会話だって…なんだか、よくわからないときがあるんだ。君も、」ドリーはウィルを見た。「君も、たまに、わからないこと言うよ。質問する間もなく、話題は流れてく。ここの教師の授業みたい。
僕が彼らを許したところで、彼らはそれを望んでるだろうか。僕なんか、彼らにとってなんになるだろ。
ねえ、彼らは僕を嫌いなのかな」
そう言ったとき、ドリーの頬にも唇にも目にも赤味がさして、こぼれた涙は熱く、彼は既にこの景色に似合う彼じゃなかったので、ウィルは確信を持って彼を抱きしめて言った。
「ジョニーもダレックも君に甘えてるんだ!許してあげて。彼らには君のその愛が要る」
困惑するドリー。瞬きで涙が更に幾つかその頬を転がる。


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許してあげてなんていうのは、随分考えなしな言葉だった、と後からウィルは思った。でも仕方ない、それが本心だったから。

以来ドリーは、ジョニーとダレックに近づかないのは相変わらずでも、昼休みや放課後に一人でリトルガーデンへ行くことは無くなった。
ドリーはウィルに言った。「君に見つかっちゃったから、もう行く気がしない。なによりそろそろ休みも返上して勉強しなきゃ」
数日後に期末試験が迫ってきてる。二人は図書室にこもった。