8喧嘩
試験期間も、相変わらずドリーは他所の部屋で寝泊まりしてたから知る由もなかったけど、ジョニーとダレックは、試験期間が始まると連日、消灯後部屋を抜け出した。
ウィルは、半分夢の中で二人の出て行く物音を聞いた。ついて行く気にはなれなかった。試験は朝早くから始まるし、試験期間中の午後は追い込みで疲れてる。
試験最終日前日、試験が終わった昼間。
ドリーが自身の寮部屋へ入ると、ダレックがベッドで眠ってた。最終日の試験科目の教材だけ取って出て行こうとするドリーに、物音で目を覚ましたダレックが声をかけた。
「ちょっと待ってくれ」
ドリーは、ちらりと一瞥しただけでドアに向かう。ダレックは起きてドリーを追いかけて、その腕を掴んだ。
「ドリー、」
「放せ、」
振り解こうと腕を振り回すドリーに、ダレックも噛み付くみたいに叫んだ。
「誤解だ。君は誤解してる」
「何を」
「だから、僕らは君に、なんというか、悪さしたつもりないんだ、」
「やったと認めた上でそんな風に言うのか」
「確かにやったことは、でも違う、おい聞けよ」
ダレックを突き飛ばそうとしたドリーの肩を強く押さえつけてダレックは言った。
「よく考えてくれ、見方を変えてみてくれ、」
ダレックは途中で、ドリーの表情に戸惑って口を噤む。
ダレックは途中で、ドリーの表情に戸惑って口を噤む。
ドリーは、それでも泣いてはいなかった。ダレックには泣いているように見えた。
ドリーが言う。
「なんの言い訳もしてこないジョニーの方がまだマシだ」
そう聞いてダレックは憮然として唇を噛んだ。ダレックは、なんの言い訳もしない回りくどいジョニーより、直接ぶつかった方がマシだと思って今こうしてるんだから。
「ジョニー、あんな奴、」ダレックが言う。「マシでもなんでもない。ただ逃げてるだけじゃないか。ズルいだけだ」
「君がジョニーをズルいと言うなんて呆れる」とドリー。「そもそも記憶がないときのことをよく考えてくれだなんて、どれだけ頭鈍い奴のセリフ、」
「違う、そうじゃない、分かるだろ、君は本当に危ない目にはあってない。一度だって」
カッとなったドリーは、今度こそ思い切りダレックを突き飛ばした。ダレックは床に倒れた。仰向けのダレックに、ドリーは更に馬乗りになって殴りかかろうとする。ダレックはドリーの拳を掴んで暴れた。すぐに体勢は逆転して、ドリーが床に仰向けに、それをダレックが上から押さえつける。
「なんの言い訳もしてこないジョニーの方がまだマシだ」
そう聞いてダレックは憮然として唇を噛んだ。ダレックは、なんの言い訳もしない回りくどいジョニーより、直接ぶつかった方がマシだと思って今こうしてるんだから。
「ジョニー、あんな奴、」ダレックが言う。「マシでもなんでもない。ただ逃げてるだけじゃないか。ズルいだけだ」
「君がジョニーをズルいと言うなんて呆れる」とドリー。「そもそも記憶がないときのことをよく考えてくれだなんて、どれだけ頭鈍い奴のセリフ、」
「違う、そうじゃない、分かるだろ、君は本当に危ない目にはあってない。一度だって」
カッとなったドリーは、今度こそ思い切りダレックを突き飛ばした。ダレックは床に倒れた。仰向けのダレックに、ドリーは更に馬乗りになって殴りかかろうとする。ダレックはドリーの拳を掴んで暴れた。すぐに体勢は逆転して、ドリーが床に仰向けに、それをダレックが上から押さえつける。
悔しさで泣きながらドリーがわめく。
「首を噛みちぎられるとこだったんだ、肩に歯が当たって、」
「だから本当には何も君を襲っちゃいない、君にそう思い込ませただけなんだ、」
ドリーが見てたのは幻覚で、猛獣など一頭も、彼を追ったりしてない。
また、ドリーが、派手な上級生のグループに目を付けられて、危うく叩きのめされそうになったとき。
発端は、ジョニーとダレックがドリーを使って彼らの物を盗んだからだけど、結局ドリーが痛い目みずに済んだのもまた、二人が(どんな方法にしろ)したことだ。
ダレックは、一つ一つ弁解した。許しを得ようと真剣に。
ダレックが、一番弁解しなきゃならない、一番弁解したくない事を避けて、大体告白し終わった頃、ドリーは泣き止んで大人しくなってた。
ダレックはしばらく黙ってドリーの出方を待った。でもドリーはじっとしてる。
ダレックは、ゆっくりドリーの腕を引いた。 部屋にはストーブが焚かれていなくて、床はとても冷えてた。二人はダレックのベッドにいって座り込んだ。さっきまでダレックが寝てたから温かい。
「首を噛みちぎられるとこだったんだ、肩に歯が当たって、」
「だから本当には何も君を襲っちゃいない、君にそう思い込ませただけなんだ、」
ドリーが見てたのは幻覚で、猛獣など一頭も、彼を追ったりしてない。
また、ドリーが、派手な上級生のグループに目を付けられて、危うく叩きのめされそうになったとき。
発端は、ジョニーとダレックがドリーを使って彼らの物を盗んだからだけど、結局ドリーが痛い目みずに済んだのもまた、二人が(どんな方法にしろ)したことだ。
ダレックは、一つ一つ弁解した。許しを得ようと真剣に。
ダレックが、一番弁解しなきゃならない、一番弁解したくない事を避けて、大体告白し終わった頃、ドリーは泣き止んで大人しくなってた。
ダレックはしばらく黙ってドリーの出方を待った。でもドリーはじっとしてる。
ダレックは、ゆっくりドリーの腕を引いた。 部屋にはストーブが焚かれていなくて、床はとても冷えてた。二人はダレックのベッドにいって座り込んだ。さっきまでダレックが寝てたから温かい。
膝を曲げて丸くなってベッドの上にうずくまる二人。ダレックが、シーツを広げて自分とドリーをくるんだ。
ドリーがしゃべり出した。
「僕が熱出したとき。気付いたら僕はこの部屋で伏せってて、君らが僕を看病してた。君らは、頭の先から足の先まで濡れた僕を、すごい汗だと言って丁寧に拭いてくれた。あれは、」
ドリーは沈み込むように俯いた。酷い頭痛がするみたいに、その額がゆがんでく。
「あれは汗じゃなくて海水だった。そうだろ。君たちは僕に、例えば、海で泳げって命じたのかもしれない。僕は覚えてないから。でも僕、すごく苦しかった、それは覚えてる。 苦しくて苦しくて、死ぬんじゃないかって…あのとき本当は僕に何を命じたの。溺れろって、そう言った?君たちそんなに僕が嫌いか。僕に、死んでほしいの」
ダレックは自分が冷や汗をかいて、鼓動が速くなるのを感じた。全てを弁解すると決めてドリーを引き止めたが、いざ話そうとすると喉が乾いた。
「溺れろとは、言ってない。ただ、海の、中に……焦ったんだ、君が溺れるのは、想定外で、本当に慌てた。悪かった。本当ごめん」
ダレックは話を続けた。
「あのとき、君が溺れたとき、ジョニーは冷静になって、君に泳げと命じるべきだった。でも慌てたジョニーは暗示に失敗した。僕らは入り江の岸から君を見てた。ジョニーは海に飛び込もうとした。僕はそれを体当たりで止めて、彼に暗示を続けるように怒鳴ってから、海に飛び込んだ。泳ぎはジョニーより僕の方が速いから。結局、僕が君を岸に連れて帰るまでジョニーの暗示は成功しなかった。ジョニーも僕も、すごく後悔して、」
「でもその後も暗示をやめなかった」とドリー。
「それ以来、危険なことは避けた」後ろめたそうなダレック。「もうしない。もうしないよ。本当に悪かった。死んでほしいなんて思っちゃいない…」
ダレックは話を続けた。
「あのとき、君が溺れたとき、ジョニーは冷静になって、君に泳げと命じるべきだった。でも慌てたジョニーは暗示に失敗した。僕らは入り江の岸から君を見てた。ジョニーは海に飛び込もうとした。僕はそれを体当たりで止めて、彼に暗示を続けるように怒鳴ってから、海に飛び込んだ。泳ぎはジョニーより僕の方が速いから。結局、僕が君を岸に連れて帰るまでジョニーの暗示は成功しなかった。ジョニーも僕も、すごく後悔して、」
「でもその後も暗示をやめなかった」とドリー。
「それ以来、危険なことは避けた」後ろめたそうなダレック。「もうしない。もうしないよ。本当に悪かった。死んでほしいなんて思っちゃいない…」
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そのままダレックのベッドの上で、二人はいつの間にか眠ってた。
でもドリーはすぐに目が覚めた。
一方ダレックは、さっきまでも眠ってたのに、連日の夜更かしが祟って深く眠ったままだ。ドリーは死んだように白い顔で目を閉じてるダレックをしばらく見やった。小さくため息をつく。
ダレックの額に、伸びた前髪が一房かかってた。ドリーは思う。切るのが面倒なんじゃなくて、わざと伸ばしてるんだろうな。そんなこと一言も言わないけど。
他の学生に、切らないのかと聞かれ、ぞんざいに返事するダレックを、ドリーは何度も見てた。
ドリーは、その前髪一房をかきあげてやるように、さらりとダレックの額を撫でて、部屋を出ていった。
でもドリーはすぐに目が覚めた。
一方ダレックは、さっきまでも眠ってたのに、連日の夜更かしが祟って深く眠ったままだ。ドリーは死んだように白い顔で目を閉じてるダレックをしばらく見やった。小さくため息をつく。
ダレックの額に、伸びた前髪が一房かかってた。ドリーは思う。切るのが面倒なんじゃなくて、わざと伸ばしてるんだろうな。そんなこと一言も言わないけど。
他の学生に、切らないのかと聞かれ、ぞんざいに返事するダレックを、ドリーは何度も見てた。
ドリーは、その前髪一房をかきあげてやるように、さらりとダレックの額を撫でて、部屋を出ていった。