一、衣洗い
花祭り、端午の節句、田植え祭りと、全て事無く終えた夏の初め、今年見納めの春うらら。女の子(めのこ)が二人、川中で衣を洗っている。藁下駄を河原に散らかし、薄生地の着物の裾はたくし上げて帯に折り込み、袖は捲り上げ肩に紐で結わえてある。
二人は、衣を返すたび、相手に雫がかかるよう大仰に手を動かす。煌めく川面、煌めく衣、煌めく二人の子供の笑い声。
河原後ろの森の中で、時々、笑い声に応えて鳥がさえずる。
水を掛け合ったり、川魚を素手で捉えようとしてなかなか叶わなかったり、延々洗い物は終わらない。
二人のうち、比べれば白く、おっとりとした顔立ちの方が、ふと立ち止まって水を片手に掬い、空に投げた。それは、無数の美しい小玉(しょうぎょく)になって川に還る。微かに肌の焼けたもう一人も立ち止まって、丸く悪戯な目を、おっとりした方の手元に注いだ。白く小さな手が、掬っては放り、を繰り返す。
「やっぱり、今の時期の川が一等清い」様子を見つめていた悪戯な方が、満足げに笑んで言う。
おっとりしたのは手を止めて、悪戯なのを見る。「可笑しいこと言うなあ。一等清いのは雪解けの頃って決まっとる」
「それでもやっぱり今が一等清い。うちがうちでそう感じるんじゃあ」
ふうん。おっとりしたのは不思議そうに相手を見て頷いた。
「お月(つき)い、鮎(あゆ)やあ、夏蝉(なつせみ)を見てておくれよお。母様、祠(ほこら)さんお参りしてくるからあ」
長いことかけて、籠にあった衣を洗い終えた頃、河原向こうに、幼児(おさなご)を連れた女が現れて、川の中の女の子どもに向かって叫んだ。お参り用にめかし込んでいる。夏蝉と呼ばれた幼児は、母親の手を離れ、髷と呼ぶには頼りない鶏冠を頭の天辺で揺らしながら、よたよたと月と鮎の方にやってくる。月と鮎の方から夏蝉に駆け寄ってやる。月――おっとりした白い方――が夏蝉を抱き上げる。夏蝉は、覚束ない発音で、嬉し気に月を呼んだ。
母親は森に入って行った。手を振って見送ると、鮎――日に焼けた悪戯そうな方――は、肩を竦める。「あれじゃあ雨は降らん」
「どうして」
「自分にサマ付け、祠にサン付けじゃあ、」笑う鮎。
ほんとじゃ、ほんとじゃ、と月も笑う。
河原には、間を空けて高い木の棒を点々と立ててある。その棒の先を紐が巡っている。簡易物干である。物干に衣を掛けてゆく姉たちに着いて、夏蝉はせっせと河原を歩こうとするも、石に足を取られて何度も転んだ。柔く額をぶつけては、赤くなってもいないそこを自分で指さしてみせて、月と鮎に痛みを訴える。取り合わない姉たち。取り合う代わりに、ちょっと擽ってやると、また笑顔で立ち上がった。
*****
散々河原で遊び回り、日がやや西に傾く頃。月と鮎は帰ろうと、干していた衣を籠に集めた。そこに、十人以上の子供がわらわら駆けてくる。子供は月と鮎――と夏蝉――を取り囲み口々に言う。
「昨日のこと、知っとるか」
「男が川を流れてきたんじゃと」
「誰も見たことねえ男らしい」
「舟の兄い(あにい)が連れてきたんじゃ、この世の人じゃねえに決まっとる」
「百年前にもあったって、」
「二百年前じゃ、」
「いんや百年前じゃ、うちの爺(じじ)がそう言っとった」
「月と鮎も見に行くよなあ、」
「男は、黒屋敷でもてなされとるって。あっこはうちらだけじゃあ入れん。鮎よお、来ておくれよお」
一人が鮎の腕を引っ張る。他の一人は、月の腕を引く。「鮎は駄目じゃ。良い子の月が頼むんじゃないと、黒屋敷の婆様は聞いてくれん」
「なんじゃと」鮎が憤るふりをする。
「ほんとのことじゃろう、悪戯坊主」鮎を揶揄うその男の子は、月の腕を更に引いて抱き込んだ。
「うちは坊主じゃねえ、姫じゃ」
鮎の言葉に皆笑って、悪戯姫、と野次を飛ばす。
鮎は、野次を受けて何故か得意な顔をする。「それに悪戯坊主はお前えじゃろうが。綺麗え(けれえ)な子見ちゃちょっかいかけて」
その子は赤くなって月の腕を放した。次いでその腕を鮎が摂る。
「黒婆様が月の頼みしか聞かんとしても、そもそもうちが行かんと月は行かん」
なぁ、お月。鮎が月の顔を覗くと、月はそうだとも違うとも言わずに、くすくす笑った。