四、雨巫女(あめのみこ)
日照り続きのその夏、ふいに嵐が来た。ついに鮎が、生まれて初めて、大雨を呼んだのだ。
嵐を呼んだ鮎は雷に打たれ、世界の光と闇が反転するのをその目でしかと見た。
気を失い倒れた鮎は、村人たちに抱かれ、家に帰り着いた。父が受け取り、客用の広い床の間に休ませる。
鮎が目を覚ますまでの三日間、月は鮎の床の間に一歩も近づけなかった。祷り女(いのりめ)や村の偉い爺婆が、床の間に一同に会し、三日三晩、鮎を取り囲み離れなかったのだ。
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鮎が寝込んで四日目の朝。日が昇ってすぐ。
月が目覚めると、屋敷の中の他人の気配がごっそり消えていた。月はそろりそろりと裸足を静かに滑らせて、鮎の眠る、床の間へ向かう。
襖を引くと、鮎が寝ているきりで、誰もいなかった。
月は鮎のそばに座ると、顔をそっと覗き込む。
息をのんだ月の喉が、ひゅうっと鳴った。
(……誰じゃ、これは、)
寝ているのは鮎ではなかった。年の頃は同じだが、全く別の女の子であった。いや、本当に女の子だろうか、男の子かもしれぬ。性の別がはっきりとわからない顔をしている。肌がひどく白い。眉も、閉じてある目も、切れ込んだように横に長く、眉毛もまつげも金色をしている。一番不思議なのは、髪だった。真っ黒なのに、眉毛やまつげと同じに金に光るようにも見えた。月は、固まって動けず、その奇妙な子を凝視するばかりだ。
そのとき、その透くほど白い両まぶたが開いた。ゆっくりと、月の方に顔を向ける。髪と同じ、不思議な色をした双眼が、月の眼をとらえた。
月は弾かれたように床の間を飛び出すと、父と母の寝間へ駆けた。
両親は既に起きていた。夏蝉も起きて、動き回っている。
月は、鮎はどこじゃと聞く。
母は、落ち着かぬ月に、厳かに告げた。
「宵月(よいづき)や。鮎弥児は、めでたくも雨巫女(あめのみこ)になられた。正しいお姿に生まれ変わられたのじゃ」
呆気にとられた月は、しばらく言葉を失った後、鮎はどこじゃ、ともう一度(ひとたび)呟いた。
父が答えた。
「鮎弥児はもういない。雷に打たれて死んだのじゃ。稲光の中で闇に還り、自らの呼んだ雨に手を引かれ、闇より新たに雨巫女として蘇られた」
夏蝉が月に近づき、その袖を握りしめて月を見上げた。