4成長

 
シーン74。灯台の中。ハナとジジ二人の秘密基地で、一人うずくまるハナ。外は大雨で、傘もささずに秘密基地までかけてきたハナは、ビショビショに濡れている。彼女は、愛するジジからの手紙を握りしめて泣いている。ジジは、消えてしまって、もうどこにもいない。
二人の秘密基地には、たくさんの二人の写真が飾ってあって、その写真の中からも、ジジだけが消えていた。

彼が消えて、ハナは泣く。

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「カットー!」

カットの声がかかっても、エイミは泣き止むことができないでいた。周りのスタッフも、静かにエイミを見守りながら、撮影したシーンの余韻に浸っていた。
アシスタントが、エイミに温めた濡れタオルを渡した。タオルで目を抑えながら、エイミは少しずつ落ち着いていった。

しかし、次第に落ち着きつつも、グズグズと小さく泣き続けるうちに、エイミは、本当にハナとして、彼ジジが消えたことに泣いてるのか、それとも、実際にはジジは今仮眠室で休憩していて、消えてなんかいない事実が虚しくて泣いているのかわからなくなってきた。

この世界がニセモノだという事実は、ハナを演じれば演じるほど、ジワジワとエイミにのしかかってきた。
(私は、自分で思う以上に、この映画の世界観、ストーリーが大好きみたい)

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シーン48。朝。屋外。灯台のデッキ。ぐるりのフェンスにもたれかかって、ジジとハナは騒ぐ。

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今日は晴れの予報だったのに、鈍く曇っていた。ちらちらと雨が降り出す。感じるか、感じないか、それくらいに極小の雨粒が、時折撮影陣たちの頬に当たる。
シーン48を撮る今日は、先日撮ったシーン74の大雨を引き立てるためにも、晴れていなければならないはずだった。でも、予報外れの曇り空に、これもこれで、先の展開を暗示するようでいいかもしれない、と監督が気を変えて、結局撮影を行うことになった。そのうち本格的に雨が降り出しそうな空だけど、そう長いシーンでもないので、トラブルなく進めば、雨になる前に撮影を終えられるだろう、とのこと。

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ハナ「あーあ。晴れてたら、もっと綺麗に海が見えたね」
ジジ「雨も綺麗じゃない?」
ハナ「うーん…」
ジジ「それに、ハナ、雨好きでしょ?」

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ジジ役の彼の、雨が好きでしょ、というセリフに、戸惑ったエイミは、海から目を逸らして彼の方を振り向いた。イエスともノーともつかない微妙な表情で。

 
結局、彼の最後のセリフはカットになったが、その直前までの天候に関するアドリブは、使うことになった。
彼のセリフのカットは、当たり前だった。ハナは、明るくサバサバしていて、いかにも晴れの日が好きそうな女だからだ。

休憩中。
エイミ「なんで、雨好きでしょ、なんて言ったの?」
「んー…なんか、言っちゃいました」
特に反省した様子もなく、ジジ役の彼は微笑みながら言う。
エイミ「ハナは雨、嫌いでしょ」
彼「そうですね。でも、エイミさん見てたら、言っちゃった。エイミさん、雨が好きそうにみえるから」
エイミ「ええ?そうかな、初めて言われた…でもそれって、演技中の私がハナっぽく見えなかったってことじゃないの。私が、役作りできてないって?」
彼は慌てて早口で並べ立てる。違いますよ!そうじゃなくて、わかるでしょう。軽い雰囲気のシーンだと、ほら、ちょっとずつ役者の素がこぼれて、それがまたいいんじゃないですか。そのこぼれた素を僕が拾っちゃったというか、だから、僕が、まだ役者として、未熟で…。

彼の焦り様に、エイミは笑って答えた。
彼のいうとおり、素がこぼれることは悪いことじゃない。

エイミは考える。私は、雨が好きか。
言われてみれば、昔、好きだった頃がある気がする。

窓の外は雨で…、だから雨の日は、ウキウキと起きる。

とても幼い頃の記憶だろうか。あやふやとしていて、夢のように掴みどころのない記憶。
旅先の記憶?友人の家に泊まったときの記憶だろうか。エイミの長年過ごした子供部屋は、ベッドの近くに窓はなかった。

エイミは、自分の心の中をグッと覗きこんだ。