◯月△日の夜、星祭りで会いましょう。友人からの手紙にはそう書いてあった。星祭りなんて、初めて聞いた。彼女の指定日時に、僕は星祭りが催される天文台まで出かけた。
 天文台は賑わっていた。真っ暗な中、人が溢れている。こんなに広いとは。僕は途方に暮れた。この暗さの中で、初見の場所を動き回って友人を探すのは、無理な話に思えた。とりあえず、人の流れに忠実に着いていってみる。すると、天体望遠鏡のドームを幾つも過ぎて、僕は広大な原っぱに辿り着いた。空には真ん丸の月と、それから星が無数に満ちていた。
 原っぱには、(ドームに仕舞ってあるサイズと比べれば)小さな天体望遠鏡が幾つも設置してあって、皆、思い思いにそれらを覗き込んでいる。どの望遠鏡にも、係の人が付いていて、覗き込んでいる人の耳元で、何やら解説をしていた。
僕も、覗きたくて、でも覗けずに、望遠鏡の間を縫ってうろうろした。皆、大人のようなのだ。誰も僕のような子どもは見当たらない。
 ふいに肩を叩かれた。僕はびくりと振り向いた。
「覗いてみるかい、」
 望遠鏡の、係の人だった。僕は嬉しくなって大きく頷くと、その人の隣に設置してある望遠鏡を覗き込んだ。無数の細かい星の中、黄色い星と青い星が、二つ、並んで目立って光っている。
「これは、なんていう星ですか。」
 レンズから目を離して僕が問う。
「アルビレオ。肉眼では、二つで一つに見える。」
 僕は空を見上げてみた。デネブの下方、一点で小さく瞬くアルビレオを見つけた。もう一度、僕はレンズを覗いてみる。
「サファイアとトパーズだよ。飲めば、目の色はサファイアに、髪の色はトパーズになる。」
 僕は、耳元で解説してくれている、その男の人の方を向いた。彼は頷いて、原っぱの向こう側を指差した。
「あっちに、星を閉じ込めた小瓶の屋台が出ているよ。星祭りの日の限定品もある。」
 僕は、望遠鏡の群れを離れて、原っぱを横切って屋台を目指した。そこには、とても小さな屋台が一台出ているきりだったが、その台の上には、一面ぎっしりと小瓶が並んでいた。僕の親指くらいのサイズの、本当に小さな瓶。それぞれの瓶の中で、一つずつ、青や、赤や、黄色い光の粒が、ふわふわ浮き上がりながら瞬いていた。
 屋台を冷やかすのも大人ばかりだったが、その中に一人、僕よりもずっと幼い少女がいるのに気がついた。小瓶の一つに、くっつくほど顔を近づけたまま、携帯電話で通話をしている。
「あのね、あたしね、これからしばらく、お菓子も本も、買わないことにするから、だからね、パパ、どうしてもこの星が欲しいの……だってパパ、あたし、この目の色、もう飽きちゃったんだもん……」
 誰かが僕の腕をぐいと引いた。僕はよろめいて、屋台から数歩離れた。
「あんなの、私がいつも遊ぶ入り江で、いくらでもただで手に入るわ。」
 ミシェルだった。手紙をくれた友人とは、彼女のことだ。ようやく見つけた。
「ミシェル、良かった、会えないかと――」
 ミシェルは、僕の手を引いたまま、どんどん歩いた。
「星を捕まえたいなら、早く入り江に行きましょう。朝になってしまう前に。」
 ミシェルと僕は、いつの間にか駆け出していて、気がつけば、二人、向かい合わせにボートに乗って、水上を漂っていた。ミシェルが、慣れた手つきで漕ぐ。僕は来た路を振り返った。水辺に洋館が建っている。大きな窓から眩しく明かりが漏れていて、中の様子がよく見えた。ホームパーティーのようだ。人で溢れている。僕は目を見張った。皆の髪が、あまりに色とりどりなことに驚いたのだ。深紅、コバルト、ピンク、レモンイエロー、バイオレット、ライトグリーン、まだまだ沢山……。
 僕は、ミシェルの方に目を戻すと、思わず、僕たちの間に置いてあったランタンを掲げて、彼女を見つめた。緩くカールした、長い黄褐色の髪、大きな濃い青色の瞳。
「君、アルビレオを飲んだの。」
 彼女は、答えずに、ボートを漕ぐのを止めて、オールから手を離した。ボートは、ゆっくりゆっくり、波に揺れて移動する。
「ほら、早く捕まえて。」
 ミシェルはそう言うと、ボートから身を乗り出して、水面に両手を差し込んだ。そうして海水を掬い上げる。
「見て。」
 僕はミシェルの手の中を覗き込んだ。海水の中に、銀の光の粒が一つ、瞬いている。彼女は、海水ごと、その星を飲み込んでしまった。僕は驚いて声を上げた。星を飲み込んだ彼女が、ランタンを掲げて、自分の髪をもう一度僕に示したからだ。彼女の髪は、今や、ほのかに褐色がかっているが、それでも確かに銀髪だった。
 次は僕の番だ。僕は、注意深く水面を見つめて、好みの星を見繕った。捕まえやすそうな、小さな橙色の星に目を付ける。水に手を差し入れて、僕はそっとその星を掬った。手の中で、きらきらと瞬く橙の星。見つめるほど、だんだん健気に見えて、飲み込んでしまうのが忍びない。そうしているうちに、ぱちり、と手の中の星が消えた。
「居なくなっちゃった。」
 僕がミシェルにそう告げると、ミシェルは呆れ声で答えた。
「それはそうよ。そんなに悠長にしてちゃあ、逃げられて当然だわ。」