月を撃つ

 
天井の高いケーキショップ。
店内の壁は全面天井までショーケースになっていて、特にデコレーションもされていない、冷え冷えとしたショーケースに、大きなホールケーキが陳列している。ケーキは、どれもこれも派手にデコレーションされているから、ショーケースとケーキのギャップに、見る人は奇妙な印象を覚える。

ナミが、店内に入り、買うでもなく、ぼうっとケーキを眺めていると、ふと店内がざわめきはじめた。振り向くと、20人くらいの男女が、店内の床に座り込んでいる。皆、ナミと同じ、高校生くらいの年頃にみえた。等間隔で、同じ方向を見て座る彼ら。まるで学校の教室。授業中のようだ。
ナミが皆の向いている方を見ると、やはり同年代の女の子が、ピアノの前に座り込んでいる。他の子達と同じように、椅子もなく、床に。見たことのない、とても背の低いグランドピアノだった。確かに、こんなに背の低いグランドピアノを弾くのに、椅子を使うわけはない。

ピアノの前に座る女の子は、マアサというらしい。他の子達が、マアサ、マアサと彼女に呼びかけ、演奏を急かしていた。
マアサは、そんな彼らに、さっぱりとした男気のある笑顔をみせた。
「じゃあ弾くね」マアサが言う。「聴いててよね」

マアサの弾き始めた曲は、ナミの聴いたことのないバラードだった。マアサの作曲かもしれない。前奏にのせて、マアサが歌い出す。
『あなたもわたしも
転がり落ちた 夏は
いつも無性に悲しくて
でも この季節だって
忘れられてゆくのだけど』

彼女の声は、彼女の性格が出ているようで、やはりさっぱりしていた。ピアノとよく絡んでいて、ハーモニーがひきたつ。

ナミは、歌を聴きながら、店の外に目を向けた。昼下がり。陽射しがあまりに強く、木々も道も、道行く人も、陽を反射して、赤く黄色く、ギラギラしている。
『飽和した陽射し
飽和した蝉の声』
暑さに参っているのか、人は皆、溶け出す前のように、ダラダラと過ぎて行く。
店のショーウィンドウから見える、夏の一描写。古いフィルムのよう。

ナミは、もう完全に忘れ去っていた。その美しさ、素晴らしさ。
確かにそれは、いつかの昔に、ナミのものだった、夏だ。