沈むその先
その女の子は思った。これは、沈み込む音楽だ。
彼女の見つめる先、ライブステージの真ん中で演奏する、ワンピース姿のアーティストは、ギターを抱えながら歌っている。下を向いて、下にリズムをとって。一見跳ね上がる体は、それでも、次にすぐ沈むための準備だと、女の子にはよく分かった。あくまでも、アーティストは微笑んでいて、曲調はポップ。“曲調”が沈んでいるのではなくて、“音楽”が沈んでいる。
女の子は、なんとなく、素晴らしい音楽ほど上昇するものだと思っていたし、重力に引きずられて低迷するライブは見たことあっても、楽し気に沈む演奏は見たことがなかったから、ちらりと自分の周りに座る観客の様子を盗み見た。だって彼らだって、沈む音楽は初めてのはず。反応が気になる。
見てみると、客たちは、女の子のように引き込まれている人もいるし、演奏にのりながら、演奏とは逆にあがっていってる人もいた。
とにかくも、演奏者は楽しげに沈んでいく。
************************
女の子にとって、ベッドの奥に沈んでいくのは、ずっと望んでいたことだったけど、多少怖いのも事実だった。
コンクリートに生きたまま塗り込められるっていう話が、よくホラー作品に出てくるし、実話としても聞いたことある気がするが、そんな苦しい状況が待っていそうで、怖かった。うまく沈んでいけずに、途中で手間取って窒息死でもしたら。
でも実際に沈んでいくと、ベッドマットの部分は一瞬で通り過ぎたから、息ができないのも一瞬だった。そのあとすぐ水中に放り出された。息はできる。
海のような水中。でも、生き物の姿は見えないし、海底も見えないし、見上げても水面は認識できなかった。それでも何処からか薄く光が差し込んでいるみたいに、辺りは真っ暗なわけじゃない。ときおり、光の筋が現れては消える。
さらに沈んで、水中を抜けると、その下には森があった。
やけに明るくて清らかな森。
水中を抜けた途端重力が発生して、彼女は苔むした地面に落ちた。緑より明るくて、金色に近い色をした苔が、彼女が墜落した衝撃でキラキラ舞い上がった。
着地したそこは、水辺だった。
彼女は水面を覗き込んだ。水面に、裸の彼女の上半身が映っている。彼女が自分の下半身を見下ろすと、やはり何も着ていない。服を何処においてきたんだろう。
水面は、さっきまで泳いで抜けてきた水中と同じ明度をしている。
彼女が見上げると、森の上に一面、水が張っているのが見えた。微かに波打っているが、水滴は一つも落ちてこない。
苔も煌めいているし、林立する背の高い幹も煌めいている。これも、見たことのない明るい幹の色。苔と同じ、金色のような、黄色のような。幹の先、枝葉の部分は、空の水に浸かっていてよく見えない。
木立の向こうに小道が続いていて、その小道を、誰かが向こうから彼女の方に歩いてきた。
近づくにつれ、その子も全裸だと分かった。
しかし、男の子なのか、女の子はなのか、彼女には何故か判別がつかない。
彼女の元まできたその子は、彼女を連れて、来た道を引き返そうと、彼女に手を伸ばす。
女の子は、やってきたその子に手を引かれて立ち上がる。
二人は手を合わせて踊りだす。くるくるくると三回転したところで、二人は絵の具のように混ざって、次にはパチリと消えてしまったようだった。
消える前、一つになるとき、二人の合わせた手から、カラフルな光が飛び散って、花火のようだった。
踊る二人があまりに楽しそうだったからか、合わせた手からは、光だけではなくて、思わず、ほんの少しのメロディも生まれた。
この世界に、光は多くても、音楽はとても少ない。だからこのときに生まれた光は消えても、メロディーは、この世界の空気に愛されて、消えないで、ずっとその場で踊り続けていた。
彼女の見つめる先、ライブステージの真ん中で演奏する、ワンピース姿のアーティストは、ギターを抱えながら歌っている。下を向いて、下にリズムをとって。一見跳ね上がる体は、それでも、次にすぐ沈むための準備だと、女の子にはよく分かった。あくまでも、アーティストは微笑んでいて、曲調はポップ。“曲調”が沈んでいるのではなくて、“音楽”が沈んでいる。
女の子は、なんとなく、素晴らしい音楽ほど上昇するものだと思っていたし、重力に引きずられて低迷するライブは見たことあっても、楽し気に沈む演奏は見たことがなかったから、ちらりと自分の周りに座る観客の様子を盗み見た。だって彼らだって、沈む音楽は初めてのはず。反応が気になる。
見てみると、客たちは、女の子のように引き込まれている人もいるし、演奏にのりながら、演奏とは逆にあがっていってる人もいた。
とにかくも、演奏者は楽しげに沈んでいく。
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女の子にとって、ベッドの奥に沈んでいくのは、ずっと望んでいたことだったけど、多少怖いのも事実だった。
コンクリートに生きたまま塗り込められるっていう話が、よくホラー作品に出てくるし、実話としても聞いたことある気がするが、そんな苦しい状況が待っていそうで、怖かった。うまく沈んでいけずに、途中で手間取って窒息死でもしたら。
でも実際に沈んでいくと、ベッドマットの部分は一瞬で通り過ぎたから、息ができないのも一瞬だった。そのあとすぐ水中に放り出された。息はできる。
海のような水中。でも、生き物の姿は見えないし、海底も見えないし、見上げても水面は認識できなかった。それでも何処からか薄く光が差し込んでいるみたいに、辺りは真っ暗なわけじゃない。ときおり、光の筋が現れては消える。
さらに沈んで、水中を抜けると、その下には森があった。
やけに明るくて清らかな森。
水中を抜けた途端重力が発生して、彼女は苔むした地面に落ちた。緑より明るくて、金色に近い色をした苔が、彼女が墜落した衝撃でキラキラ舞い上がった。
着地したそこは、水辺だった。
彼女は水面を覗き込んだ。水面に、裸の彼女の上半身が映っている。彼女が自分の下半身を見下ろすと、やはり何も着ていない。服を何処においてきたんだろう。
水面は、さっきまで泳いで抜けてきた水中と同じ明度をしている。
彼女が見上げると、森の上に一面、水が張っているのが見えた。微かに波打っているが、水滴は一つも落ちてこない。
苔も煌めいているし、林立する背の高い幹も煌めいている。これも、見たことのない明るい幹の色。苔と同じ、金色のような、黄色のような。幹の先、枝葉の部分は、空の水に浸かっていてよく見えない。
木立の向こうに小道が続いていて、その小道を、誰かが向こうから彼女の方に歩いてきた。
近づくにつれ、その子も全裸だと分かった。
しかし、男の子なのか、女の子はなのか、彼女には何故か判別がつかない。
彼女の元まできたその子は、彼女を連れて、来た道を引き返そうと、彼女に手を伸ばす。
女の子は、やってきたその子に手を引かれて立ち上がる。
二人は手を合わせて踊りだす。くるくるくると三回転したところで、二人は絵の具のように混ざって、次にはパチリと消えてしまったようだった。
消える前、一つになるとき、二人の合わせた手から、カラフルな光が飛び散って、花火のようだった。
踊る二人があまりに楽しそうだったからか、合わせた手からは、光だけではなくて、思わず、ほんの少しのメロディも生まれた。
この世界に、光は多くても、音楽はとても少ない。だからこのときに生まれた光は消えても、メロディーは、この世界の空気に愛されて、消えないで、ずっとその場で踊り続けていた。