第一章

 
私の親友は追われている。
何者に?

私は逃げる彼女に協力をする。
追っ手を、彼女から引き離す。
例えば。
抜け道に続くドアの鍵を、上手く気づかれることなく人から盗んで手に入れた私は、その鍵でドアを開けて、その抜け道に彼女を逃げ込ませる。後で落ち合う約束をした私は、逃げ込む彼女を見送ると、元通りドアに鍵をかける。そして、その鍵を、やはり上手く、気づかれることなく、持ち主の元に返す。

追っ手をまくのに重要なのは、実際に彼女の逃げた痕跡を消すことよりも、彼女の頭の中から、痕跡を消し去ること。

つまり、抜け道の例でいうと、確かに、ドアを締め直して、鍵を元に戻すことで、彼女がそのドアを使って逃げた痕跡を消すことができた。
でも、それよりも、彼女に一切、鍵にもドアにも触れさせないことで、抜け道へ続くドアを開けた事実を、彼女にとってできるだけ印象のうすいものにしてあげることの方が重要だった。
できるだけ、彼女自身が、自身のアリバイを信じ込める状況を作る。
もちろんほとんど不可能な話だ。
でもやるしかなかった。
何故なら、追っ手は、どちらかといえば、目に見える痕跡じゃなくて、目に見えない痕跡を頼りに、彼女を追い回していたから。

しかし結局は捕まってしまう。

落ち合った私と彼女は、捕まる予感に、手を繋いで、奇妙なショッピングモールの中を走り回る。多少パニックになりながら、それでもなるべく静かに、静かに。
非常口を開けると、扉の中に追っ手がこちらを向いて立っていた。
それは、この作品の作者だった。

私は固まる親友の手を引いて、逃げようとするが、作者はぐっと、親友の肩を抱きこむ。
私「この子を離して」
作者「諦めろ」飄々と。

作者の彼の前には、とてつもなく大きくて立派な表紙の本が開かれていて、
彼は話しながらそれにペンを滑らせている。
「一章目にしては、よく頑張った。さて、囚われた主人公は次の章へ」にこりと笑う作者。「次はもっと上手く逃げるんだよ」
それを聞いて、困惑と焦燥を、目で私に訴えてくる親友。
私は首を伸ばして、作者の前に開かれた本を覗き込む。
私が覗き込んだとき、作者はぺらりとページをめくり、その目次を確かめた。
目次を見た私は、思わず叫ぶ。
「これじゃあいつまでたっても終わらないじゃないか!」
目次を見る限り、章の数に際限はなかった。
これでは彼女は、本当に力尽きてしまう。